第671話 みんな◯◯が悪い

組織において報告書の書き方は出世を左右する必須の技能である。


個人が見渡せる範囲や処理できる情報の量には限界があるので、他人と共同して仕事をすることになる。

それが組織である。


組織で仕事をする場合は仕事のダブりや無駄を省くために互いの仕事を知っておく必要が出て来る。

それが報告であり、遠隔地への報告や記録のために情報を整理して記載するのが報告書の役割である。


わかりやすい報告書を書く能力は、組織の情報交換能力を高め、上層部の判断能力に一定の価値を持たせることが可能になる。


と、その手の官僚作文は巨大組織で働くパペリーノの得意とするところのはずであるが。


「報告書を送る順序について、相談できるようなことがあるのか」


「というよりは、代官様への影響を考えると、より良い方法を思いついていただけるのではないかと」


つまりは、保身を考えるなら丸投げせずにしっかりと考えろ、ということか。

追い詰められた目つきのパペリーノが怖い。


人間、追い詰められると他人に優しくできないものな。わかるよ。

できればこんな至近距離でなく、もう少し遠くでわかりたかったが。


というわけで、真面目に考えてみることにしたのだが、まずはパペリーノがどんな考え方をしていたのか、ということを質問してみる。

同じことを2回考えるのは、効率が悪い。


「例えば、事実だけを書いて送る報告書では駄目なのか?」


「それは最初に考えました。ですがいくつかの点で却下せざるを得ませんでした。事実だけを記載した場合、代官様の業績は非常に理解しにくいのです。


例えば、そうですね。豆の選別器械について報告したとしましょう。あれはモノがありますので報告しやすいですからね。事実は、豆を大きさによって選別する手動器械を製作しました。それだけです。これだけでは報告としては意味をなしません」


ヘチマのような豆の選別機の図だけが送られてきて困惑するニコロ司祭を見てみたい気もしたが、その後で激怒されることを考えるとパペリーノが躊躇するのは理解できる。


「ですから、事実だけでは不足なのです。私が思いますのは、代官様の施策は簡単に見えますが、その背景に農民の利益、領地の利益、教会の利益を常に見据えてうちだされています」


パペリーノが興奮してきたのか、鼻息があらくなってきた。

思わず「過大評価だよ」と言いたくなる。


領地に赴任したからには農民の暮らしが豊かにならないと自分達だけでいい飯を食うのは気が引けるし、教会の利益を考えないと自身の安全に関わってくる。

施策は単純でなければ他人に任せて楽をすることもできない。

ひたすらに保身と怠慢を追求するために全力で考えた結果の施策であるわけで、聖人のように讃えられるのはどうしても違和感がある。


「とにかく、そうした新しい考え方に基いて考案された施策ですから、新しい考え方自体を理解していただけないと、そもそもの施策の根本が理解できないのです」


なるほど、とパペリーノの言いたいことは理解できてきた気がする。

元の世界で大企業がIT化を進める際に苦しんだ問題と根は同じだ。


新しい解決方法は、全ての問題を解決する魔法の杖ではない。

新しい解決方法は、新しい考え方を受け入れることを組織に要求する。

効率的に新しい解決方法を用いようと思えば、組織に属する人間に組織文化に変容を迫り、学習を強要する。

それが組織の抵抗となり、守旧や旧弊となっていく。


「それならそれで、無視されてもいいじゃないか」


俺は別に教会組織全体を変革したいわけじゃない。

自分の周囲の人々が、少しだけ幸せに生きられる環境を作りたいだけだ。

教会変革の殉教者になるつもりなどない。


そうした逃げの姿勢を感じたのか、再びギロリとパペリーノが睨んできた。


「伝わらなければ、代官様を連れていきますからね」


自分だけ吊るし上げられるものか。必ず道連れにしてやる、という言外の脅迫を感じる。


仕方ないので、もう少し真剣に考えてみる。


「教会にとって受け入れやすい報告からするのはどうだろう?」


「と、いいますと?」


「人は理解できないものを怖れるというが、理解できるもの、儲かるものについては積極的に理解したがるものだろう?」


「つまり、どうすると?」


「まずは見えるもの、儲かるものだけを報告する。そうだな。豆の選別器械を最初に報告するのがいいかもしれない。あれは実物がある」


「しかし図面を送ったところで、意味があるとは思えませんが」


「だから事実と利益を数字で報告するんだ。


・豆の選別器械を使ったところ大きな豆とクズ豆とゴミに1人でたった半日で分別することができた。

・節約できた労力は農民何人分であり、1日銅貨何枚分である。

・クズ豆の割合は何対何であり、豆の購入価格を何割減らすことができた。

・大きな豆のみを保管することにしたため、保管する倉庫の広さを半分以下にできた。これは資産に換算すると金貨何枚分の建設費を減らすことにつながる。

・大きな豆は一袋あたり銅貨何枚の価値と商人に算定された。


という風に、何をしたか。それがどのくらいの価値を持つのか。経済的価値だけを報告する。


組織は考え方を変えられるのは嫌いだが、儲かるのは好きだからな。

全員が先を争って導入することになるだろうさ」


少し身も蓋もない言い方をしてしまったからだろうか。

若い聖職者は眉をしかめている。


「私としては、出稼ぎ農民の問題や散布図を利用した農地管理の不正摘発の報告にも力をいれたいのですが」


パペリーノの言葉には、首を左右に振って反対しておく。


「出稼ぎをするのは村が貧しくて食べていけないからだ。農地管理で不正をするのは、真っ当な稼ぎ方では儲からないからだ。全部、結局は貧乏が悪い。儲かる事業がないのが悪い。気持ちはわかるが、まずは世の中を豊かにすることに教会は力を注ぐべきじゃないか?」


生真面目な聖職者は少しの間、自身の価値観に照らして葛藤していたようだが、自らを納得させるように深い溜息をつきつつ、何度もうなずいた。

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