第669話 豆でダイエット
それから数日後、教会に手配された豆を満載した馬車が2台、村にやってきた。
通常の流れとしては、担当者が豆の入った袋をざっと抜き取り検査して倉庫に積まれるという手順になっている。
ただ、その日ばかりは、この手の仕事に経験豊富な街間商人にとっても勝手が違った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋敷の倉庫に直接馬車をつけるよう依頼をうけた半地下の倉庫で街間商人のギエルが目にしたのは、奇妙な怪物の腹のような代物だった。
それは半地下の倉庫の薄明かりのなかで、時折ゴリゴリと歯ぎしりのような音を立てるかと思えば、キイキイと奇妙な鳴き声をあげていた。
「な、なんですかい。これは・・・何かの魔物ですかい」
ギエルも10年近い冒険者生活を経て街間商人になった、いわば叩き上げの身である。
多少のことには動じたりはしないのだが、それにしても彼の経験を超えた事象であった。
そういえば今回の依頼を受けるにあたり教会の方からは「何を経験し何を見ても口外せぬこと」と固く言い渡されていた。
あれは、このことを指していたのか。
大量の豆を買い付けたかと思えば、魔物に食わせるためのものであったのか。
教会の教えに背く行為が教会の足元で行われているという背教的行為に手元が震えるのを止めることができない。
ところが、こちらの葛藤など知らぬとばかりに、頬に傷のある迫力のある大男が四角い箱で袋から豆を掬い、次々と怪物の口と思しきところに放り込んでいくのだ。
怪物は喜び、身を捩らせながらキイキイと歓喜の声を大きくする。
ところが、なんということか。
怪物の腹には穴が空いている。
食事するそばから、ざらざら、ざらざらと漏れていいく。
あれでは決して満足することはない。
その証拠に大男が掬っても掬っても怪物は満足することなく、怪物の食事は運搬用の大袋の豆が空になるまで続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんというか、クズ豆ばかりですな」
豆を掬っていたキリクが一息ついて、感想を述べた。
およそ4割が割れたり小さすぎたりというクズ豆である。
かろうじて合格水準なのが4割。大きな豆が1割。
のこりの1割は豆の殻や茎などのゴミである。
改良された豆分別機の稼働試験としては良好な結果と喜んでいいものか、それとも保管された豆の状況に嘆くべきか。悩むところである。
「どうじゃ!なかなか上手く動いたじゃろう!」
だが技術者にとて領地経営の先行きなど関係ない。
ゴルゴゴは我が子の成果を嬉しそうに誇りつつ、きいきいと響いた摩擦音を減らすべく油をさしたりと忙しい。
自分達が運んできた豆にゴミが混入されていたことに衝撃を受けたのか、それとも横領を疑われていることに気付いたのか、青い顔をしている街間商人に「それでは続けるぞ」と一声かけて作業を続ける。
結局、馬車2台分の豆を全て分別検査するのに要した時間は、半日とかからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、豆の内訳の明細をつけて購入金額を割り引くよう教会に依頼して取引は終わった。
街間商人は終始青ざめていたが、多少の汚職は役得の内と考えるこの世界の商人としては比較的、良心的な方だと思う。
まあ、そうした小さな汚職はイラッとする日本人なので、つい代官が立会の上で全量検査という力技に及んでしまったわけだが、以降はまともな豆を送ってくるようになるだろう。
それに、クズ豆も安価に仕入れることができたのならば、使いみちがある。
「鶏!これで卵が食べられるわね!」
そう、教会からは先行して鶏が贈られてきた。
各種の貢献に対する報奨らしい。
ニコロ司祭も、たまにはこちらに気を使ってくれたようだ。
まあ、実際に気を使ったのはパペリーノ助祭あたりかもしれないが。
今は20羽程度でしかないが、うまく増やしていくことができれば朝食に卵もついて食生活も向上するだろう。
鶏糞はたしか肥料になるはずであるし、収穫の増大に貢献するかもしれない。
そのあたりは、元農家のサラがうまくやってくれるだろう。
「それにしても、教会で保管している豆も全量検査した方がいいんじゃないか?クズ豆を保管しておくのは場所の無駄だろう?」
「まったくです。早速に進言します」
パペリーノが苦い顔で同意するのも無理はない。
なにしろ、この世界で穀物の保管は金がかかる。穀物は単なる食料でなく財産であり戦略資源である。
食料庫というのは、そのまま戦略拠点になるわけで、大きく頑丈な城や教会、屋敷などの半地下に保管されているものである。
元の世界のように人の来ない場所にポツンと薄い壁のバラックに放り込んでおくわけにはいかない。
その貴重な空間に保管する価値のない穀物が場所を占めていることは、そのまま資源の無駄である。
ゴルゴゴの作った不格好な豆の分別器械は、稼働するや否や教会の無駄を容赦なく暴こうとしていた。
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