第668話 税と施し
自分の意見が採用されて得意気なサラが、ふと気がついたように付け加えた。
「ケンジは、どうやって順番を決めるつもりだったの?」
「木札のことか。ちょっと小難しい話になるが・・・簡単に言えば、細かく分けて配るつもりだった」
「ええと、どういうこと?」
サラだけでなく全員が注目していたので、漁場の利用のコンセプトについて簡単に説明する。
「本質的には、靴工房で最初に出荷する靴を誰が買うのかを決めたときと同じ話なんだ。例えば、漁場を利用できる日が100日あったとする。利用したい家族が20家族あれば、1家族が利用できるのは5日ずつだ。1日ずつ、クジか何かで決めていけばいい」
「でも、家族の人数が多いとか、冬は釣れないとか、いろいろあるでしょう?」
サラが、農家の視点から実際に文句がでるであろう点を指摘した。
「そこなんだ。正確に決めようと思えば、点数(ポイント)制になる」
「点数制ってなに?」
「点数制っていうのは、必要性や話し合いを数字で決める方法の一種だな。この村の漁業の場合は、魚が獲れる数のを魚点数、漁場の利用を希望する家族の人数を家族点数としようか。
魚点数は、魚を獲りやすい季節の方が高い。例えば夏は高く冬は低い。3倍ぐらいの差があってもおかしくないな。
一方で家族点数は家族の人数が2人家族は少なく、8人家族では点数が多い。だから2人家族は冬に漁場を1日借りるのが精一杯のところ、8人家族は夏の漁場を3日間借りることができるかもしれない」
なるべく簡単に説明したつもりだが、サラは明らかに怯んだ。
「や、ややこしくない・・・?」
「そうだな。本当に公平にしようと思ったら、全ての農家に自分の持っている点数を知らせて、同じ点数の日であれば交換しても良い、としたいんだが」
「ぜったい無理だと思う」と断言された。
いずれ農民全員が数字の計算をできるようになったら導入したいものだが、現時点ではそうした幻想を抱いてはいないので安心させるよう、うなずいてみせる。
「そうだろうな。だから、初年度はこちらで計算して日程を決めてしまう。具体的な日程は、前日か当日に直接農家まで知らせをやることにしよう。不正や贔屓を疑われないよう、教会前に掲示をしておく必要はあるかもしれないがな」
こちらで計画を決めてしまい農家には知らせるだけ、という計画を聞いてサラは安心したように頷き、そして何かに気付いたように眉を潜め口を尖らせた。
「ケンジって、代官らしくないわよね。お役人様って、何かあれば税金をとるために理屈をこねるだけの人だと思ってた。だけど、今の話って銅貨一枚にもならないどころか、農家の人が得するだけの話でしょ。それなのに、すごく面倒なこと考えるのね」
言外に「いいことをするのだから、もっと簡単にやってもいいのでは」というメッセージを感じたが、そこは譲れないところだ。
「動機が正しくても、やり方が不味ければ批難されるものだし、暮らし向きが厳しい家が多いのだから、小さな権利も、どこの家が贔屓されたなんかと不和の種になりやすい。慎重にやるにこしたことはなし、さ」
「教会としては、耳の痛い話です」とパペリーノが同意した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あとは漁場をきちんと使ってもらえるかだな。自分達の漁獲の日に獲れればあとは知らんとばかりに毒を流したり、石を投げて漁場を荒らされたりしては困る」
「あまり考えたくはないですが、そうしたことは起こるかもしれませんな。なにせ素人が多いですから」
キリクは農民達のモラルというものに幻想を抱いていないようだ。
冒険者暮らしをしていれば、一度や二度は農民達の依頼を受け、そして邪険にされた思い出はあるものだ。
「そうしたことをすると、点数が減点されて翌年の利用で不利になるな」
そうした罰則も今から決めておいた方がいいだろう。
点数制の話をしきりに手元に書きつけていたパペリーノが、顔を上げて指摘する。
「代官様、今のお話を聞いていると、少し税の決め方と似ているように思うのですが」
なるほど、と頷ける面もある。
さすがに教会で数字を見ていただけのことはある。
多くの帳簿や数字を見ていたせいか、パペリーノは数字に対する勘がいい。
「そうだな。税と施しは、公平な負担と公平な利得を目指すという意味で、民衆の懐具合を点数化するのには同じような手法になってくるのかもしれない」
「仰る通りですね。教会領でも土地の収益に応じた税という形で計算はされています。領地の代官は数字のわかる者が当たっておりますし、中央の教会も優秀な者達がいて綱引きをしておりますから、自ずとバランスの取れた数字に落ち着いているはずです。
ですが、施しについては手間をかけて計算している者がいないように思います。救貧院などでも、この点数制という方式が使えるのではないでしょうか」
「ふむ」考えことはなかったが、確かに目のつけどころは悪くないように思う。
点数制は企業でもカフェテリアプランとして福利厚生の選択制に使用されていたわけで、教会が提供する施しを声の大きな順に配分するのではなく、数字で配分するための切り口になり得るかもしれない。
「まあ、それも慎重にな」
パペリーノは数字に強く頭も良いが、思い込んだら先走る面もある。
若いということもあるだろうが、救貧院の配分についても何かの利権や組織編成上の軋轢が発生する懸念もある。
まあ、そのあたりは報告を受けたニコロ司祭が上手く手綱を引いてくれることだろう。
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