第655話 手品を前にして種を探すような

「問題は、まだまだある」


全員がうんざりした顔をしているが、他所からの出稼ぎの人々をどのように取り扱うのか。

これらの問題は一つのセットになっている。

面倒くさいが、最後まで問題を一つ一つ上げていく。


「加えて、住居の問題がある。彼らは村長宅を追い出されて教会で起居しているわけだが、あれはあくまで緊急措置だ。今後もずっと続けられるものじゃない。今は、教会の方で全員分の食事などの費用を出しているだろうが、それだってあくまで立て替え払いのはずだ。最終的には、元の所有者、この領地、本人達の何れかで支払いをしなければならない」


「教会では負担しないの?」


「そのあたり、実際の運用はどうなっているんだ、パペリーノ」


「困窮した民を一時的に支える貯えを管理することは、教会の義務の一つです。ですが、それはあくまで生誕名簿に記された教区の民のためのものです。この村の村人のためのものです。ですから、彼らのような出稼ぎの民のために使用しているのは、教会の基本的な方針からは外れています。長く続けることはできないでしょう」


「だろうな」


少なくとも、将来的に彼らに支払わせるという建前を貫かない限り、教会の司祭は村人から預かった資産を横領している、という形になってしまう。

1人2人なら司祭の個人的な慈悲で融通を利かせることもできるだろうが、あれだけの大人数を長期に渡り養うには、統治の仕組みの中に取り込むしかない。


「あとは、他の村人との税や賦役のバランスの問題だな。人頭税を取っていなかった、少なくとも中央には報告していなかったのではないか、と疑っている」


「それは・・・あり得ることです」


これだけの大人数の他所からの労働者について中央で把握していなかったのは、報告が伏されていたからだろう。

人数を伏せれば、中央に納める分の人頭税が浮く。


「彼らにもまともに人頭税と賦役を課すとなれば、それなりの仕事と報酬を約束しないとならない。そうでなければ彼らの借金ばかりが増える。


そうまでして、彼らはこの村に残ることを選択するだろうか。将来的に、この村で彼らを受け入れるべきだろうか。

単純に、さらに貧しい階級を作り出してしまうのではないか、という心配をしている」


貧しい階級の固定化という問題である。

領地を豊かにするために来たのに、さらに貧しい人々を作ってどうするのか。


「そして、ここまで解決してもなお、村長一族が抜けた土地の管理をどうするのか、という問題は残る。あの畑を誰が耕すのか。生産量をどうやって増やすのか」


「今のまま、任せるわけにはいかないの?」


「なくはない。だが、あの畑は村の中では条件の良い土地にも関わらず生産性が低い。管理者を変える必要はあるし、条件の良い土地を他所者が専有することに村人からの反対が出るかもしれない」


「少なくとも、面白くはないでしょうな」


「うーん、難しい!あたし、村長になるのやめる!」


すっかり混乱した様子の面々が気の毒だったので、問題を整理していくことにする。


「ざっと問題の全体像はこんなところと共有できたな。じゃあ、一つ一つ簡単に解いていくことにしようか」


大きな問題は、小さくして一つ一つ解いていく。

ここからが、問題解決の腕の見せどころだ。


「最初に、問題を単純にしよう。出稼ぎ農民の問題と村長の畑の問題を、別にわける。絡み合っている問題に見えるけれど、別に村長の畑を彼らが耕さなければならない、と決まっているわけではないからな。切り離して考える」


白墨で黒板に”切り離せる問題は別々に考える”と書く。


「次に、理論上はあり得るが実際には不可能な選択肢は削っていく。それだけで、単純な話になることもある」


下に”現実に不可能なことは削る”と続ける。


「出稼ぎ農民達を元の領地に戻す、というのはそれだな。彼らを見殺しにするつもりでなければ無理だ。そうするつもりはない。すると、どうやって彼らを村に迎え入れるか、という手段と方法に注力して考えることができる」


”方法に注力する”と書く。


「そこで問題になるのは、金、仕事、感情だ。金とは、買い取りの費用、名簿登録の費用、教会での飲食の費用、それから仕事や生活を始めるための一時金だな。費用については、各方面に交渉して削減してもらうことと、仕事を斡旋することで返済してもらうしかないな。幸い、仕事はいくらでも作れる。


仕事については、一時的な仕事と恒久的な仕事がある。一時的な仕事とは工事関係の仕事だな。恒久的な仕事は、農地を耕すか、製粉施設管理の仕事だ。一時的な仕事で金を稼ぎつつ、恒久的な仕事へ適正を見て就くことを目指す。それしかない。


最後に、感情的な面だ。彼らを孤立させてはいけないが、集団で固まって村に溶け込まないのも困る。村人が脅威を覚えない程度に幾つかの集団に分かれてもらい、村に分散して住まわせるのがいいだろう。村全体の祭りを企画したり、全員で取り組む仕事などの機会を作るのもいい。まずは互いに顔を覚えることだ。


これで、話はだいぶ簡単になったんじゃないか?」


”金:費用を減らして、仕事で稼ぐ。

 仕事:一時的な仕事で食いつないで恒久的な仕事につける。

 感情:個人の顔が見える機会を作る”


説明を終えて全員の顔を見ると、手品を前にして、そのトリックを懸命に探そうとする観客のような顔をしていた。

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