第656話 借金の減らし方
サラ達も実務経験を積み重ねてきたおかげで、綺麗な説明ですぐに納得する様子は見せなかった。
「うーん、何かそうなんだけど、そうじゃないような。だって、結局はあの人達の借金は減ってないんでしょ?」
言葉に誤魔化されることなく、きちんと本質を指摘してくる。大変に頼もしい。
サラの言うように、問題の整理ができることと、問題の解決ができたことの間には大きな差異がある。
依然として、出稼ぎ農民達に巨額の借金が嵩んでいるという事実に変わりはない。
ただ、方針が定まれば実務者からも具体的な知恵が出てくる。
出稼ぎ農民達の買い取り価格を出来るだけ抑える、という点について知恵を出したのは、貴族法に詳しいパペリーノだった。
「代官様、彼らが負担すべき費用の話についてですが、もう少し減らせると思います」
そんな前口上から始められた、パペリーノによる出稼ぎ農民の負担軽減策は、さすがに高度な教育を受けた若手官僚の面目躍如たる精緻なものだった。
「まず、村民に逃げられた元の領主の請求についてですが、村民に逃げられたのは彼らの過失です。金額については、過失分を相殺ということで大幅に値引きできると思います。少なくとも先方に送り返すための費用、警護の費用と通行税、食費については全額、先方の負担とすべきです。そこまでの費用を負担して取り返したい、と考える領主は少ないのではないでしょうか」
「なるほど。取り返そうと思えば赤字になる。それなら金銭での解決に応じるだろうな」
逃げることを罪とするならば、逃げ出された方にも管理責任が問われる。
無理に移送すれば病気で死んだりするものや、逃げ出す者もでる。
小さな子供では、村の外で魔狼に襲われたりすれば逃げ切ることはできない。
「どの程度まで減らせると思う」
「過失を言い立てて2割、現金の買い取りで2割は減らせると思います」
まずは6割と言ったところか。
村民が逃げ出すような領主に情で訴えても耳を貸すとも思えないが、同格の領主から金銭で話をつけようと持ちかければ、法律も金銭も共通言語となり得る。
「それから、受け入れた際の費用負担についてですが、まずはこの状態を作り出した教会にも責任はあります。生誕名簿への登録費用は、大幅に抑えることができるでしょう。現在は立て替えている教会の滞在費用についても、かなりの程度は削減できるかもしれません」
「教会の不利益になる話かもしれないが、それはいいのか」
パペリーノはあくまで教会から派遣された身分である。
あまりこちらの側に立つのは不味いのではないか、と確認したのだが
「現状の貧しい人々に無理に負担を押し付けるという現状を放置する方が、教会の評判に関わります」
そう、パペリーノは断言した。
そこには、理屈が通じないとしょげかえっていた昼間に見せた弱さはなく、理想に燃える若手聖職者の姿があった。
パペリーノがそこまで腹を括っているのなら、こちらも異論はない。
部下が真正面から突破しようとするなら、裏から手を回すのが上の役目だ。
「一つ、思いついたことがあるんだが、教会法に照らしての意見が欲しい」
パペリーノの理想に燃える顔を見ているうちに浮かんできたアイディアを説明しようとすると「あ、悪い顔をしてる」とサラが言うのが聞こえた。失敬な。
ただ、もう少し出稼ぎ農民達の借金を減らすための一押しを思いついただけだ。
ゆっくりと全員の注目が集まるのを待ってから、アイディアの概要をわかりやすく一言で説明する。
「何もバカ正直に我々だけが代金を払う必要はないと思わないか?」
思った通りパペリーノは眉をしかめ、キリクは口の端を歪めたが無言を貫いた。
一方でサラは「ほら、やっぱり悪いことを考えてた」と何故か勝ち誇ってみせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「要するにだ。我々は彼ら、出稼ぎ農民達の存在で何らの利益も得ていない。しかるに費用負担だけを求められているのが現状だ。費用とは本来、利益を得たものが負担すべきものだろう?」
「そうですね。一般的にはそうなります」
「しかし、彼らの存在で利益を得たものがいる」
ここまで言えば、パペリーノにはピンと来たようだ。
「前の代官と村長一族ですね」
「そうだ。請求書の付け回し先としては、彼らが適当じゃないか。支払いの半額はもってもらうのが筋というものだろう」
そうすれば、出稼ぎ農民達の借金は半額になる。
総計で、最初に想定していた額の3割程度まで減少する。
この程度の金額なら、この領地で働きながら返していくことも可能なはずだ。
「今ので、あの人達の借金は減っちゃったの?何か魔法みたいね!悪い魔法使い!」
「小団長なら、街で金貸しが務まりますぜ。剣牙の兵団でやりましょうか?」
サラの褒め言葉も微妙に気になるが、キリクの提案は苦笑を返すしかない。
剣牙の兵団で借金の取り立てなどやれば、踏み倒せる人間はいないだろうし、さぞ儲かることだろう。
もちろん、兵団の評判は地に落ちるだろうからジルボアが許可するとは思えないが。
それに、借金は魔法で消え去ったわけじゃない。
弱者だけに押し付けられていた負担が、責任と支払い能力に応じて分担されたのだ。
「理屈も突き詰めれば正義となります。それは、私がここに来てから学んだことです」
そう断言するパペリーノの顔は、何とも誇らしげに見えた。
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