第642話 手抜き計算

「けほっ。これ、ちゃんと記録は合ってるの?」


「大丈夫みたいですよ。金にガメついのが幸いしたのか、どこの畑からどのくらい徴税したのか、についてはかなりしっかりと記してありますね」


「それにしても、これを全部見るとなりゃあ、日が暮れちまうぜ!」


サラ、パペリーノ、キリクに手伝わせて代官の館の奥から引っ張り出してきた徴税記録は埃まみれだった。

それに、問題となったのは、そのサイズだった。

多い。というよりデカい。


羊皮紙は、大きく分厚い。紙に印刷されていた時のノリで記録を集めだすと、人を殴り殺せるような重量になってしまう。


1年分だけをとりあえず広げてみると、屋敷内の一番広い部屋のかなりの部分を占めるだけの量があった。


「これを転記するのは無理だな」


当初は、数字を黒板にまとめて転記して、それで計算をざっとやっつけてしまえばいいと思っていたのだ。

ただ、一回だけならそれでやってもいいが、それは俺の個人技であって仕組みではない。


徴税記録を全て洗って、各畑の徴税記録を転記して一覧表にして、面積あたりの収穫を比較するなどという作業を、また来年なり、よその領地でやるのは非効率だし、ほしい情報量に対して費やす労力がわりに合わな過ぎる。


もしここにエクセルがあれば、領地の管理ぐらい幾らでもやってやるのに、と思わずにはいられない。

数字を間違いなく記録し、大量の数字を思うままに加工できる道具の、なんと貴重なことか。


ここでは、クリック一つで済む計算を自分で全てを計算しなければならないのだ。


「もう少し、手抜きする方法を考えないとな」


大量のデータは、弄り回しているだけで楽しい。

つい、データ処理のためのデータ処理などをやってしまう。


計算機資源の豊富な現代社会ならそれも許されるが、この世界での計算機資源は人力であり、希少な教育を受けた人間の労力である。浪費は許されない。


それだけに、やってみてから考えるのでなく、どうやれば計算の手が抜けるかを考えて、指示をしなければならない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


少し腕を組みながら広い部屋に並べられた羊皮紙の一覧を眺めているうちに、良い方法を思いついた。


「パペリーノ、この領地で一番大きな畑は?」


「それは、村長の畑ですね」


「それでは、この領地で一番徴税額の大きな畑は?」


「それも、村長の畑です」


どちらも思った通りだ。


「ちょっと、ゴルゴゴを呼んできてれ」


ここから先は、ゴルゴゴにも手伝ってもらわねばならない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「わしはやらんぞ。そういう数字弄りは、聖職者や官吏の仕事じゃろ」


それが、呼び出されたゴルゴゴの第一声だった。

ここ数日、技術開発(おもちゃ)弄りができない環境に置かれたゴルゴゴは、ご機嫌斜めだった。


加えて、街の中でしか暮らしたことのないゴルゴゴにとって、領地での暮らしは、それなりにストレスのあるものなのだろう。


「まあそう言うな。ゴルゴゴにも興味のありそうな話だから、手伝ってもらいたいんだ」


「ほう」


「それで、ちょっと正確に長さを測りたい。用意してもらえるか?」


「ふむ。そういうことであれば、印刷機の制作で使った大型の定規があるな。あれを使えばよかろう」


そうしてゴルゴゴを巻き込んでの、手抜き計算が始まった。

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