第641話 できる農民の発見

「すると、どうしますか。入札でなければ、直接に耕作しますか」


パペリーノが理屈の上ではそうなるが、という言い方で代案を示すよう促してくる。


「まさかな。結局、今よりマシな状態にするには出来るやつに任せる、以上のことはないと思うんだが」


「と、言いますと?」


少し回答の方向性を考えてから、説明する。


「例えば、傭兵団で出来る奴を決める時はどうする。一番賃金を払うやつに任せるのか?」


キリクは少し眉をしかめながら、傭兵の流儀を説明してくれた。


「まあ、払うものを払わない雇い主は死んじまえと思いますがね、ですがリーダーに求めるのは、俺たちを勝たせてくれることですな。負ける側につかない。雇い主と交渉して賃金をもぎ取ってくれる、戦争に強い。特に戦争に強いのは大事ですな。負ければ死んじまうわけですからね」


剣牙の兵団は、傭兵として活動していた時期もある。

ジルボアにはリーダーとして様々な優れた資質ががあるが、何よりも勝てる指揮官であったからこそ、人が集まってきたのだ。


「勝つか負けるか、ってのはどうやって判断するんだ」


「そりゃあ、噂話ですな。勝てる奴ってのは、前から勝ってるもんで、必ず噂が聞こえてきます。その噂をきちんと集めて、できるやつの下につく。それができなけりゃ、傭兵としてはやっていけませんな」


「何ていうか、意外とセコいのね」


「セコくない傭兵は、普通は早死するんでね。そりゃあ、褒め言葉です」


サラが口を尖らせて言うのに対し、キリクは大声で笑った。


「だいたい、思った通りだ。俺は農地を耕すことは戦だと思っている。自然との戦だ。勝てない奴に任せたら、負ける。金を持っていることと、勝てることは別だ。だから入札方式には反対だし、勝てる奴を探して任せたい」


「まあ、そうかもしれませんがね。ですが、その勝てる奴、ってのをどうやって探すんで?」


戦争との例え話は、キリクには分かりやすい話だったらしい。

説明もそこそこに、今後はどうするのか、という具体策の議論に移ることができた。


「教会から呼んでくる手もあるが、まずはこの土地で探したい」


「そんな奴、いますかねえ」


「この土地の農民に、そんなことができる者がいるのか、私も疑問です」


キリクとパペリーノは、農民の中から探す、ということに疑問があるようだ。

2人は農業の現場に疎いので、自分たちには判断がつかない、という不安もあるのかもしれない。


「なに、農業に疎くてもやりようはある」


そう言って、机の上に羊皮紙の束を示す。


「ええと、小麦の量と・・・、徴税記録ですね。この村の」


「そうだ」


この記録を辿ることで、何かが見つけられるかもしれない、という説明に、その場の3人は顔を見合わせた。


「徴税記録から、ですか?」


「そうだ。正確には難しいかもしれないが、おおよその目鼻はつけられると思う」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「まず、できる奴に農地を任せるという方針はいいとして、誰ができる奴なのかを探る方法を議論しようとしているわけだが」


白墨を持ちながら、見回して意見を出してもらう。


「農業の管理者として、できる奴というのは、どういう奴を指すと思う?」


それに対する回答も、三者三様だった。


「それは、きちんと農地を管理して収穫を挙げられる人ではないでしょうか」とパペリーノ。


「とにかく収穫をあげられる奴のことじゃねえか」とキリク。


「みんなと仲良くして、美味しい作物をたくさん作れる人」とサラ。


全員の答えを聞いて、黒板には”収穫をあげられる人”と書く。


「そうだな。言い方は違うが、要するにとにかく、たくさんの収穫をあげられる奴が、できる奴だと言ってもいい。この際は、そういうことにしよう。


すると、小麦の徴税記録を辿っていけば、誰ができる農民かわかる、ということだ。

では、村長はできる農民だっただろうか?」


すぐに、否定する声があがる。


「前の村長は、たまたま広い土地を持ってたからでしょう?土地が狭くてもできる人はいるはずでしょ!」


「そうだな、サラの言う通りだ」


「つまり、徴税記録を遡って、一定の広さあたりの徴税額を算定すれば、だれが効率の良い農業をしているのか発見できるのではないか、というのですね!」


パペリーノは、さすがに数字に強い。

興奮して声をあげた後で、何かに気付いたように、その声のトーンが下がった。


「ですが、その土地がたまたま豊かなために狭くても多くの小麦が取れる、ということがあるのでは?」


パペリーノの疑問は正しい。

その農民の生産性が高いのではなく、土地の生産性が高いだけ、という可能性は十分にあり得る。


「そう。だから変化量に着目する。徴税記録を遡って、徴税額を伸ばしているのか、減らしているのかを見る。伸ばしているのならば、農業の技術が伸びていて、減っているのなら地力を消費しているだけ、と推定できる」


「で、ですが収穫の良い年と悪い年があるはずです!」


「それは全体の収穫量の平均を出して、補正する」


「ええと、つまりそれってどういうこと?」


俺とパペリーノで交わされた議論はさすがに難しかったのか、サラとキリクが説明を求めて視線を向けてくる。


「簡単に言えば、みんなと比べて良かったか悪かったかで判断しよう、ということだ」


「そんなの、当たり前じゃない?」


「そうだな、当たり前のことを難しく言うのは良くないな。でもまあ、つまりそういうことだ。徴税記録を探れば、どこかに狭い土地でも抜群にうまく小麦を育てている人がいるかもしれない。それを見つけよう、ということだな」


「なるほど。そうやって記録を使うわけですね。教会の記録に、いろいろと応用できそうです」


パペリーノなどは感激したのか、すぐにでも中央に報告したそうにしている。


ただ、このアプローチにはいろいろと課題もある。

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