第636話 正しい情報の集め方
「なんか、すごく怖がられてたね」
「そうか?」
自分としてはできる限り丁寧に接したし、貴族のような儀礼を要求したりもしなかった。
商人か冒険者ぐらいの線で印象を打ち出すことができたと思っていたのだが。
「あー。そりゃあ、そうでしょうな」
キリクまで、俺が怖れられていたと言う。
「ありゃあ、金貸しか傭兵の流儀ですよ。脅しつけておいて、丁寧な言葉遣いで接すると、より怖いでしょうが」
「脅したことはない」
不本意な言われようだ。
確かに強面の護衛であるキリクが脇に控えていたが、その程度はある程度稼いでいる商人ならば普通のことだ。
「いえいえ。教会の後ろ盾で代官と村長をまとめて追い出したのですから、それは怖れられて当然ですよ」
パペリーノまで、言葉尻にのって囃し立てる。
「あれは教会の判決であって、俺は何もしていない」
俺の精一杯の主張には、俺以外の全員が首をゆっくりと左右に振った。
「村人には、それはわかりませんよ」
「ですな」
「そうね」
まったく不本意だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「怖れられているかどうかはともかく、まずは戸別に訪問をして話す必要があるな」
「呼び出した方が良くないですか?下手に出れば舐められますぜ」
「いや、怖がられているのなら、それはないだろう」
「そこは認めるんですな」
「ぐっ・・・」
キリクのくせに生意気な。
だが、自分の小さな誇りよりも実効性の方が重要だ。
それに戸別訪問から始めるのには理由がある。
「まずは農民達のありのままの状態を見て確かめたい」
説明に対して、手があがる。
「そのう、見ると言っても、どんな点を具体的に見たらいいんでしょう?恥ずかしながら、自分は農村で暮らしたことがないものですから」
理屈屋のパペリーノらしい疑問だ。
農村の暮らしを知らなければ、何が良くて何が悪いのか。そもそもの視点を持つことができないわけだ。
「いい疑問だな」
良い疑問は良い問題解決と同じだけの価値がある、という。
門外漢の視点は「何となく」で済ませてしまう言語化されない知識に気づかせてくれる。
それに、パペリーノの質問には意図がある。
おそらくは、自分たちだけでなく教会全体の知識にするべく、ニコロ司祭あたりから指示をされているのだろう。
自分は農業の専門家ではないが、農村の経営がうまくいっているかどうかであれば、判断する項目を挙げられる。
「そうだな。どういったところを見るべきか。
まずは、普段は何をどのくらい食べているかを知りたい。
1日2食なのか。3食なのか。それとも食べられない日があるのか。
子供がいれば、子供に聞くのがいいな」
「それはなぜでしょう?」
「今の我々には村人からの信頼がない。真正面から聞いても正直に答えてもらえないだろうから工夫がいる」
「なるほど、そうですね」
情報を集める場合、どんな情報を集めるのかという目的も重要だが、どのように情報を集めるのか、という手段の重要性はもっと問われてもいい。
人間は見栄を張る生き物であるし、意図的でなくとも嘘をつくことがある。
それが自分たちの生殺与奪を握る代官からの質問であれば、なおさらだ。
普通に質問をしたところで、相手はこちらの意図に沿うように答えるに決まっている。
そうした回答の歪みを回避する工夫のない情報収集は、意思決定を歪ませるという意味で有害ですらある。
「それから、何を着ているかだ。農民たちの衣服、特に冬服と婚礼の服の準備を見たい」
「たしかに、そのあたりの服は節約できませんからね」
農民の多くは衣服を所有する枚数が限られている。
それでも、冬服がなければ冬を越すことができないし、婚礼服がなければ結婚ができない。
どちらも農村の労働人口を減らしかねない要素だ。
「でも、婚礼服は隠すかもしれないわよ。ケンジのことを怖がっているなら、娘さんを隠すでしょ?」
サラの指摘に、どこの悪代官だ、と口から出そうになったが、自分はまさに悪代官だと思われているのか。
「まあ、いい。あとは薪だな。竈の灰などを見れば、きちんと煮炊きするだけの薪があるか確認できるだろう」
「竈の税を取ると勘違いされませんか」
パペリーノの指摘に、今度は頭が痛くなる。
まったく、前任者がやらかしてくれると、後任の自分が苦労することになる。
「本当は、食料の備蓄状況も知りたいんだが」
「隠すでしょうな、間違いなく」
キリク指摘を待つまでもなく、当然のように予想される状況だ。
公権力に対する信頼のない状態では、調査をしても労多くして益は少ないように見える。
少しばかり調査の方法を変えたほうが良いかもしれない。
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