第635話 政治の季節

「わかった。とりあえず互いに話し合ってくれ。数日後に、また聞くことにする」


村長を決めるように言っても、名乗り出るものがない。


おそらく、今は見えていない何かの問題が潜んでいる。

それを解決しない限り、こちらで適当に決めてもまた問題が起きるだけだろう。


◇ ◇ ◇ ◇


村人達を退室させた後、さっそく身内を集めて現状の打開策を相談する。

なにしろ、この村に関しては領地の開発計画策定のために往復していた新人管理達の方が詳しいし、自分では気が付かない点を補ってくれるかもしれない。


「というわけで、気がついた点を自由に指摘して欲しい」


「何ていうか、みんな元気なかったわよね。ご飯はちゃんと食べてる感じだったけど」


「たしかに、骨と皮という感じではなかったな。そのあたりは教会でうまくやってくれたんじゃないかな」


サラの指摘で村人達の姿を思い返してみると、そこまで痩せ細ってはいなかった。

元の領主の酷い税金や政治を、教会の方でうまく緩和して補償してくれたのではないか。

であれば、少しばかりこちらに感謝してもらえても良いはずだが。


「そうよね。ひどい代官を追い出したのはケンジなんだから、感謝してくれたっていいのに!」


「そりゃあ、無理ですよ。たしかに元の代官を追い出したのは小団長、じゃなかった代官様でしょうが、麦を配る現場で顔を合わせていたわけじゃありませんからね。いつも近くにいる教会に感謝することはあっても、ええと、代官様に感謝するってのは難しいんじゃないですかね」


サラの怒りに対して、キリクが、なかなかいいことを言う。

人間を動かすのは、論理や理屈よりも人情と感情というやつだ。


「ただ、村人の反応には教会の施策も関係があると思うのです。村長一族を追い出したことは、村人にとっては衝撃も大きかったのではないでしょうか」


教会の引き継ぎ資料をチェックしていたパペリーノが羊皮紙の束をめくりながら、別の視点から意見を述べる。


「それは困ったな。村人にはきちんと自治と政治をやってもらいたいものだが」


人が集まって運営される共同体には、政治が必要である。

村長と一族が追放され事で、この領地には政治の空白地帯が生まれているのかもしれない。


「そんなの、代官様のケンジがやればいいんじゃないの?」


「大きな方針は決定するつもりだが、細かいことまでは口出しをしたくない。忙しくなり過ぎる」


この領地に限って言えば、自分は最高権力者である。

であれば、効率的に領地を運営しようと思えば独裁者のように振る舞うのが最適解ということになる。

そして、ここにいる者達だけでなく、村民達もそれを期待しているのかもしれない。


だが、俺はそのような方式をとりたくない。


なぜなら、独裁者というのは、とてつもなく忙しいからだ。


権力とは何か、という定義は様々にあるだろうが、官僚組織にとっての権力とは予算と権限の大きさである。

独裁者というのは官僚組織の頂点に立って全ての権限を自分で抱え込むことで成り立つ職業であるわけで、組織のパフォーマンスはイコールで独裁者の最大業務処理能力ということになるのである。


国家のために命を捧げる英雄であれば喜んで独裁者の役割を果すのだろうが、俺はそうではない。


「でも、村の人達で誰が信頼できて、誰が信頼できないとかわかるの?」


サラが指摘するのは、俺達のような任期式の代官の弱みである。

癒着や汚職をしにくいという利点もあるが、どうしても現地の事情には疎くなる。

本来ならば、引き継ぎをされる時に説明があるのだが。


「結局のところ、まずは村の主な面々と個別に面談だな。というわけで、村の視察と戸別訪問をするか」


「ええと、つまり?」


「土産を持って家を訪ねて、お茶でも飲みながらお話しして、口を滑らすのを待つのさ」


劇的で画期的な政策を打ち出せば、村人達がカリスマにひれ伏す、などという上手い話はない。


まずは泥臭く、足で合意を稼いでいくしかない。

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