第634話 村長達の顛末

「急な離任でまことに申し訳なく思っております」


せめて一目挨拶を、と翌日の早朝に訪ねたところを応対してくれた聖職者は、しごくまともな人物に見えた。

多忙の中、とにかく最低限の引き継ぎを、ということで各種の徴税記録や裁判記録なども全て渡してもらえたので、領地経営に直ちに困る、ということはなさそうだった。


ただ、「一通り、元の代官とつながりのあった家族の処断は済ませておりますから」と微笑まれた時は、思わず唇の端をヒクつかせてしまったのは仕方ない。


なにしろ微妙な処分であったから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「村長一族の処分ですが」とパペリーノは教会の情報を伝えるついでに、元の村長達がどうなったのかを教えてくれた。


「まず、村長は教会の財産に手をつけたということで手の切断刑、のところを財産を没収で済ませました」


「うえっ」


食事中の話題としてはどうかと思うが、俺以外は平気な顔をしているから、そういうものなのだろう。


「それと村長の一族は没収ではなく財産交換ですね。この村の土地を取り上げる代わりに辺境地の土地を賜ったと」


「あまり聞かない刑罰だな」


農民というのは土地と共に生きて死ぬ存在である。

その土地で農奴に落とすというのでもなければ、他所の土地に行かせるというのは実質的な追放刑である。

そもそも、そんな土地がどこにあるのだろう、とまで思考を進めて気がついた。


今、この国は開拓された農地が余り出しているのではないか。


「おっしゃる通りです。村長に刑罰を与えて財産も回収はした。けれども残りの者達を同じ土地に置いておけば、また同じことをするだろうと」


「それで土地の交換か。よく村人が同意したな」


農民にとって土地は命である。

いくら教会の命令でも、それが理不尽なものであれば命をかけて抵抗するだろう。


「それも代官様の手柄ですよ。例の土地の価値の算定方法ですか。あれが普及してきているんです」


「それは、なんと言うか、早いな・・・」


今度は、俺が絶句する番だった。


土地の価値を算定する方法の元は、冒険者ギルドに提出した報告書の中に記載したものだ。

もともとは依頼の優先度を計算するために、土地の収穫増大、街道の警備費減少、防衛線の整理による防衛費減少、という土地の価値に対する貢献度によって依頼を分別する仕組みを考えたわけだ。


必然的に、それは農地の収穫量や近所の街道などを元にざっくりと計算された土地の公定価格の性質を帯びたものになったのだが、あくまで参考資料として冒険者ギルド内に掲示されていただけの存在だったはずだが。


「今回は教会の管理する土地の中の話ですから、話は早かったようです」


これが利害が対立する貴族同士や教会と貴族などではうまくいかなかっただろう。

教会の中の土地の付け替えであれば、土地価格の算定方法も同じであるし、横槍も入らないということか。


「教会内の農地であれば、区画の整理が進むな」


農村の自治の強さ次第であるが、土地の交換ができれば農地の区画が整理でき、生産性があがる。

新しい土地が拓けるのであれば、あまった農民をそこへ投入できる。


成長のサイクルを教会は作り出し始めている。


「ええ、この村ではそれが問題になっているのです」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


教会の代理人が去った後、村の主な者達を代官の屋敷に集めるようキリク達に指示をした。

権力が教会から代官に移譲されたことを示すためだ。


代官屋敷内は家具もほとんどないのでガランとしているが、人を多く入れられるという意味ではこの際はありがたい。


10人ほど集まった若いのから白髪混じりの村人たちを前に、簡単に自己紹介をする。

教会に下賜された代官の服を着て話すと、自分が何だか貴族を演じる道化のように思えて仕方がない。


「新しく代官に任命されたケンジという。前任者のことは残念であるが、もう少しまともな経営をするつもりでいる。よろしく頼む」


村人の為人などわからないし、こちらも領主としての教育など受けていないので、どうしても通り一遍の言い方になる。

案の定、村人たちは「へへえっ」と土下座こそしないものの、頭を地面につけんばかりに低く恐縮してしまっている。


統治者には演技力が必要とは言うが、これでは自分があまりにも駄目な役者のようである。

工房の職人達をまとめるのとは、何かと勝手が違う。


思うに、工房の職人達は自分で採用した者達だが、ここの農民は元からの住人であり、自分こそが異分子なのだ。

それにしても、畏れられ方が尋常ではないように思えるが。


「まずは村の代表者を決めたいが、誰か推薦はあるか」


何をおいても、村の統治機構(ガバナンス)を確立する必要がある。

こちらは村の人間関係に詳しくないし、いつ街に呼び戻されるかわからない身だ。

臨時であっても、村長がいないと不便で仕方ない。


だが、村人たちは互いを肘でつつき合うばかりで一向に名乗り出るものがいない。


「どうした。誰も我こそは、という者はいないのか。村長になれば役料もあるが」


それでも、村人たちの中から名乗りを上げるものは無かった。

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