第624話 専門家の知見
攻める経営は一旦おいて、まずは守りを固める。
そうした方針を職人達に告げたところ、大半の者はピンと来ないようだったが、特に反対も出なかった。
理由はわからないが従ってくれる、というのは個人としてはありがたいことがだが、組織としては未熟でもある。
急ぎではないが、事業を仕切れる人材の育成の必要性を感じさせられる。
倉庫の建設と用地買収は時間がかかるので調整を続けるとして、革通り入口に封鎖用の馬車を設置することは、革通りの他の店主の賛同を得ることができた。
何しろ、うちの工房が何度か襲撃を受けているのは事実であって、一度などは、前の領主に雇われた数十人規模の暴漢達に襲撃されたのだ。
その時は剣牙の兵団の鉄壁の集団戦術の前に容易く撃退されたわけだが、もしも彼らがいなければどうなっていたことか。
それに、昼間の警備として今でも剣牙の兵団から2人ほど派遣されているのだ。
荷車の管理も彼らに任せるということで、すんなりと賛同が得られた上に、店主たちの協力で不要な荷車もすぐに集まった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
荷車を改造すると聞いて目を輝かせたのは、またしてもゴルゴゴだった。
「いや、お前は印刷機の改良をしていてくれよ」
教会にあれだけ談判し、ようやく勝ち取った自由と権益なのだから、大人しく印刷機を改良していて欲しいものだが、ゴルゴゴは格好の玩具を前にして退こうとしない。
「何を言う!こんなに面白そうなことを見逃せはせんじゃろ!」
「そうは言っても、ただの荷車の改造だぞ」
一応、黒板に白墨で概念図の説明はしている。
4輪の大きめの荷車の片面の板を、高さと厚さがあるものに交換する。そして怪物の皮と鉄の鋲や縁金(ふちがね)で補強する。
それを都合4台、入口付近に隠しておいて、何かあれば移動させて出入口を封鎖するのだ。
ところが、ゴルゴゴは諦めない。
それだけでは不足だ、と改造案を提示してくる。
「いや、それでは普段使いができなくて不便じゃろう。例えば板を取り外し式にするとか」
「強度が落ちるから却下だ」
「では、もっと鉄の部品を増やしてのう、そう、例えば車輪や壁に鉄の棘を生やせば防御力が上がるではないか」
「そんな目立つ外見をしていたら、隠れて準備する意味が無いだろう。却下だ」
鉄の棘が車輪や車体に生えているとか、どんな戦車(チャリオット)だ。
城壁内にそんな兵器を持ち込んでいたら、いくら3等街区であっても捕まる。
「だが、槍を突いたり弩を撃つ穴は必要じゃろう?」
「む」
要するに銃眼のことか。壁に取り付こうとする連中を突き刺したり、そもそも近寄らせないよう弩を撃つための穴はあってもいいかもしれない。
「それに、壁の向こうから石を投げてくる連中もおるじゃろうし」
投石対策か。確かに、それは考えていなかった。
「ゴルゴゴ、妙に詳しいな」
「あ、あたしも考えがあるわ!」
サラが、はいはいと手をあげる。
「農村でね、村の子達は石を投げて遊ぶの。あたしは弓を作ってもらったから弓でやってたけど、石投げがすごい上手い人がいて、布みたいのをグルグル回して投げてた」
「投石紐ってやつですな」
とキリクが言う。
「剣牙の兵団が相手にする連中は石ころなんか屁ともしないんで使うやつはいませんが、新人ではやってる奴もいましたぜ」
「なるほど」
たしかに人喰巨人(オーガ)に投石が効くとは思えない。だが、逆に言えば人間相手ならば効果はあるのだ。
「石なら、このあたりは幾らでもあるからな」
建物はレンガづくりだし、足元はだいぶ傷んでいるが石畳である。
石投げの材料には事欠かない。
少し腕を組んでから、やはり専門職の意見が必要だ、という結論になる。
「ゴルゴゴの意見もそうだが、やはり俺は戦闘は素人だな。大人しく剣牙の兵団の指導をうけるか。キリク、誰かいいのがいないか?」
俺の質問に、キリクがニヤリと笑っていう。
「とびっきりのがいますぜ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのとびっきりの指揮官は、午後にやってきた。
「いや、とびっきり過ぎるだろう」
戦術の指導に来たのは、ジルボアだった。
遠征の依頼などで忙しいはずではなかったのか。
「なに、面白いことをしていると聞いてな」
どうして、どいつもこいつも面白がるのだ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジルボアは経験を積んだ指揮官らしく、俺がなんとなくでイメージしていた戦術の不足している点、補うべき部分などについて実に的確に指摘してくれた。
「荷車を使うというアイディアはいい。荷車の設置場所を間違えないよう、浅い溝を掘っておくといい」
「荷車の門を衝車などで破られないよう、荷車同士があとから金具と鎖で固定できる構造がいるな」
「木製の荷車は火攻めに弱い。濡れた毛皮を被せられるように用意しておくべきだ」
「入口の荷車を破られたら、直ちに防御計画が破綻するようでは防御とは言えない。第二戦の防御線が要る。矢板と逆茂木などでの簡易陣地の準備も併せてするべきだ」
「荷車から槍の穂先を出せるようにするのはいい。だが弩はむしろ周囲の家屋の二階窓から射撃するべきだな。見張り台になる場所を確保しておいた方がいい」
「投石対策は、こちらから投石をする連中よりも射程の長い投石をすればいい。投石紐もいいが、あれは熟練が必要だ。杖の先に投石紐をつけた杖投石紐がいいだろう。あれなら訓練が少なくても矢板で身を守りながら遠距離まで飛ばせる」
指摘はどれも正しく、目から鱗が何枚も落ちるとはこのことだった。
さすがに、戦闘のプロは違う。
とはいえ、ジルボアは、これだけの教育をどこで受けたのだろうか。
「なに、傭兵時代にいろいろとな」
というのが、俺の疑問に対するジルボアの答えだった。
ジルボアが指揮官として若さに似合わぬ実戦経験を積んでいることは疑いはないが、それにしても市街戦や攻城戦などに知見があるのは異常なことではないだろうか。
ジルボアは、それ以上は何も言わなかったが。
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