第619話 それは予測か願望か

ジルボアも、教会の騎士という選択肢を「悪い話ではない」と評価している。


教会の騎士団になれば、団員たちは全員が騎士の身分を保証される。

農村から食えなくて飛び出してきた子供たちが、10年を経ずして騎士様となる。


これほどの英雄譚があるだろうか。


「すると、俺の護衛をしているキリクも騎士様か。柄の悪い騎士様だ」


「まったくだ」


ジルボアも苦笑する。

剣牙の兵団の連中は、冒険者としては異例の高い水準の集団行動の訓練が行き届いているが、それは戦うための訓練であって、礼儀作法などが得意なわけではない。

キリクだけでなく、騎士の格好が似合う連中が何人いるだろうか。


おそらく、教会の騎士になれば危険な任地に追いやられることも多くなるだろう。

依頼を選り好みしていた冒険者時代のような自由はきかず、政治的な駆け引きも必要となる。


「お前はどう考える?」


ジルボアが、俺の目をジッと見つめて尋ねてきた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ケンジ、はやくはやく!」


サラに手を引かれて、キッチンに戻ると、職人の奥さん達の手を借りて大釜の熱湯に、生のパスタをどんどん放り込んでいく。


生パスタの茹で時間は短い。量にもよるが、2、3分で茹で上がる。


「はい、できた。次!」


ザルで上げて、盛り付ける班に渡すと、適量が皿に盛られ、ソースがかけられて祝いの客達に渡っていく。

すると、生のパスタが釜に放り込まれて、次のサイクルが始まる。


生のパスタの消費が激しすぎて、キッチンは戦場の様相を呈してきた。

体を動かすのは意外と楽しいが、これでは料理ではなく工場勤務である。


生地がなくなるまで、と腰を据えてはみたが、やってもやっても終わらない。

さすがに不思議に思っていると、どうもパスタの追加で生地を量産している班がいるらしい。


「ケンジ、交代して!」


というサラの合図でお役御免となり、ようやくキッチンから解放された。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「はい、これ」


サラから渡されたのは、皿に盛られソースのかかったパスタである。

バジルソースの緑が目に心地よく、砕いたナッツ、ニンニク、オイルの香りが食欲を刺激する。


「フォークは、まあ仕方ないか」


残念ながら、食器の用意は間に合わなかったらしい。木の皿と、木の2本歯のフォークである。


「4本歯のフォークだと、また食べやすいんだけどな」


「ふーん、そういうものなの」


サラは答えながら、2本歯のフォークで器用に赤いソースを絡めて口に運んでいる。


「なんだ、そのソース」


バジルソースは教えたが、そんなものを作った覚えはないのだが。


「ええとね、挽肉と玉ねぎとニンニクと植物油と混ぜて作ったの。ほら、パスタは美味しいけど、お肉も一緒に食べたいでしょ?だからね、いろいろ試したのよ」


食欲魔人の恐ろしさ、と言うべきか。

サラは、ミートソースのようなものを作り出してしまったらしい。


「それでね!食べ終わったらこうするの!」


そう言って、小さな白パンを取り出して、皿に残ったソースを綺麗に拭うと、嬉しそうに口にいれる。


「ね?こうしたら、またおかわりできるでしょ!」


「お、おう」


「でも、そっちの緑のやつも美味しいのよね。ちょっとちょうだい」


こちらの答えを待たずに、ひょい、と俺の皿にフォークを突っ込むと、くるくると器用にパスタを巻き上げる。

淀みのないその動きは、まるで熟練の剣士のような冴えを感じる。


隣で食欲を旺盛に発揮する赤毛の娘の存在を感じながら、俺は先程のジルボアとの問答の続きを思い出していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「剣牙の兵団の方向を決めるのか。責任重大だな」


「決めろとは言っていない」


「だが、その通りにするだろう?」


「お前の言うことに理があればな」


ジルボアは、こちらから視線を外すと空になった杯の底を見つめながら呟いた。


「こうして相談するのは、何度目になるかな」


「2度目、いや3度目だな」


1度目は実力こそあったが知名度がなく苦戦してた剣牙の兵団の知名度管理の相談で、2度目は拡大路線を取るために剣牙の兵団を2つに分ける相談だった。


1度目の相談の結果、剣牙の兵団は資金的に困ることがなくなり、自由度を得た彼らは武名を近隣に轟かせることになった。

2度目の相談の結果、安定した根拠地を得た剣牙の兵団は、訓練や装備の充実に多くの資源を割くことが可能となり、集団としての力を大きく伸ばした。


「それで、3つ目の選択肢はなんだ」


「ああ、それは。まあ夢のような話だ」


ジルボアは珍しく言葉にするのを逡巡し、ひどく不明瞭なことを言った。


「私は、自分の街と領地が欲しい」


「それは・・・国が欲しいと言うことだな」


「現実味がないと思うか?」


現実味と言うなら、今の自分のしていることにだって現実味はない。

俺は首を左右に振って答えた。


「情報がないと何とも言えない」


「お前らしいな」


否定も肯定もしないもの言いに、ジルボアが苦笑したように見えた。


「一応、成算はある」


「だろうな。なければ困る」


ジルボアが、こんな無謀なことを言い出すのには、何か理由があるはずだ。

それを知りたい。


「今、貴族も教会も狂ったように土地の開拓をしているのは知っているな」


知っている。というか、その遠因は目の前にいる。


「王国の各地で大規模に土地を拓いていくうちに、各地で対峙する怪物の種類が変わってきていると聞いている。単純な魔狼、ゴブリン、はぐれ人喰巨人(オーガ)だけでは、なくなっているそうだ」


この街の冒険者ギルドの記録は継続的にチェックしているが、そうした情報は初めて聞いた。

おそらく、貴族領では冒険者ギルドに依頼せず私兵で怪物を駆除しているか、遠方なので依頼が届いていないのだろう。


「そう遠くないうちに、なにかが起きる、と見ている」


ジルボアの見立ては、予測か、あるいは願望か。

いずれにせよ、ひどく不吉な響きを感じた。

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