第587話 小さな活路

その日の夜、俺とサラは事務所でランプの灯を頼りに話し合っていた。

話題は、もちろん例の2人組の痩せっぽっちと駆け出し冒険者について、である。


「それで、あいつらはどうしてる?」


「寝てるわよ。暖かい場所で寝るのも、久しぶりだったみたいね」


とりあえず今夜は工房の隅を衝立で囲い、小さなベッドを運び入れて仮の寝床にして寝かせている。

工房は俺が煩くしつけているので塵もなく清潔にしてあるし、剣牙の兵団の護衛があるので安全でもある。

清潔な毛布も多めに渡してあるから凍えるということもないだろう。


「もうね、本当に生まれてから洗ったことのない羊ぐらい真っ黒だったんだから!髪はゴワゴワだし、シラミもいるからバッサリ切っちゃった!藁でこすったら垢もボロボロでるし、虫に刺された跡もたくさん!ほんと、あのまんまじゃ病気になってたわよ!」


「そうか」


サラは口を尖らせながらも、何となく嬉しそうだ。

元々、情が深くて世話を焼くのが好きな性質(たち)なのだ。


怪物の皮を洗うための井戸と桶で丸ごとゴシゴシと洗われた2人は、髪が短く切りそろえられ、垢で黒くなっていた顔や手足が真っ白になり、見違えるようにサッパリして、実際の年齢よりも幼く見えたものだ。

それまで着ていたボロをサラに取り上げられて裸にされたせいで、若干、顔を赤くしていたが。


「まあ、飯は食えるようだから問題はないか」


契約のうちだ、ということでニンニクと塩、少しのハーブが入っただけの麦粥を、2人は驚くような勢いで平らげた。

あまり一度に食べると胃に良くないので、ゆっくりと食べるよう促したが、それ以上に身体が栄養を欲しているようだった。


「そうね、少しは太らせてあげたいけど」


まるで家畜を扱うような言葉遣いだが、サラのような農民にとって太っていることはいいことであり、幸せなことなのだ。


「それで、どうするの?」


「しばらくは連絡役で使う」


俺の答えは、サラを満足させなかったようだ。

赤毛の瞳が真っ直ぐに俺の目を捉えて離さない。


「それだけじゃないでしょう?どんなことを考えてるの?」


小さな子が絡むと、サラの要求もなかなか厳しい。


「小さいが、すぐ打てる手は幾つかある」


「聞かせて」


「まずは3つ。1つは掲示板の字を読み上げる人間を雇う。それで暮らしている冒険者もいるだろうから、仕事を奪わないよう朝の1時間程度に限定する。そうすれば問題も起きにくいだろう。駆け出し冒険者に、特に積極的に声をかけるよう指示をする。それを業績と給与にも含める」


「その読み上げる人は、会社(うち)で雇うのね?」


「そうだ。冒険者ギルドと話はつけるが、とりあえず会社(うち)で雇う。遅くなればなるだけ、駆け出し連中が死ぬからな」


「そうね。2つ目は?」


「依頼書を字ではなく絵を主体にしたものに置き換える。低価格の常時依頼は特にそうだ。怪物の絵と硬貨の絵を並べて書けば、誰でも討伐でどれだけの報酬が得られるか理解できるはずだ。絵は男爵様に描いてもらうか、うちの見習いに描かせる」


「そうすれば、字が読めなくても依頼が請けられるわけね?ギルドの方では嫌がらないかしら?」


「なに、こっちで勝手に変えてしまえばいい。こちらが貼ったものを剥がすだけの度胸があるやつはいないさ」


これまで縁故(コネ)を築き、権力(ちから)を蓄えてきたのは、こういう時につまらない邪魔をさせないためだ。

こういう時に使わなければ、いつ使うというのか。


「それで、最後の3つ目は?」


「スライムの核の買い取りはギルドを通すのをやめる」


3つ目の方法が意外だったのか、サラは小さく目を見開いた。

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