第588話 いい商売わるい商売

スライムの買い取りをやることが、2人のやせっぽっちのような駆け出しをどうして救うことになるのか。


少しの沈黙は、自分でも聞き取ったことから何が起きているのか仮説をたてていたのだろう。


「誰かが、値段を誤魔化してるのね」


サラが眉間に皺を寄せて、少し内圧の高まった声をあげるのを、小さく頷き、肯定する。


「そうだな。今は冒険者ギルドでまとめて買い取ってもらってから会社(うち)に流してもらっている。冒険者ギルドとは、いろいろと取引関係があった方がいいからな。


だが、冒険者ギルドが誤魔化している、とは考えにくい。そもそも手数料を会社(うち)から払っているし、取引内容は冒険者ギルドの方でも記録をきちんと取るようにしている。


少人数の窓口担当が値段を誤魔化すことぐらいはあるかもしれないが、大規模に長期間誤魔化し続けるのは難しいはずだ。報告書を作る関係で、俺も時々、記録や帳簿を見ているしな」


「じゃあ、誰が誤魔化してるの?」


「何か起きているとすれば、冒険者ギルドに来る前の段階だろう。それに、本人たちに誤魔化している、という意識はないかもしれない」


「どういうこと?」


サラの声が、少し小さくなる。眠っている2人のことを、慮(おもんばか)ったのかもしれない。


「さっき、2人の話の中にでていただろう?いい場所は元からいた奴等に占拠されている、って。それから、橋の下の宿で同室の奴等にスライムの核を持っていけば売れると教わった、とも言っていたな。


たぶん、スライムの核を下っ端や駆け出し連中から買い上げて、まとめて冒険者ギルドに売りに来ることを商売にしている奴がいるんだ」


だが、サラは俺の説には少し懐疑的だった。


「それって・・・スライムの核が取れたら、自分でギルドまで来て売ればいいじゃない。それに、スライムの核を集めたって賤貨にしかならないんだから、大した儲けにならないじゃない?」


「冒険者ギルドで売るには登録料が必要だし、いい場所はそいつらの仲間が抑えているから、逆らうと場所が使えないとか、いろいろやりようはある。大した儲けにはならないが、元手がかかる商売でもない。苦労に見合うと思うやつがいるんだろう」


「でも、あんな小さくてお金持ってない子の取り分を誤魔化すなんて!」


残念ながら、それはサラのように真っ当な育ちをした大人の冒険者の理屈だ。

世の中には楽をして儲けるためなら何でもする、という輩はいくらでも存在する。

弱い者を踏みつけることを、何とも思わない奴等も。


「だから、街に出てきたばかりの世間知らずや年齢が小さい子だけを集めて使ってるんだろう」


いわゆる貧困ビジネスとは少し違うが、貧しく弱い対象から搾取するという意味では同じだ。

本人たちはうまくやっているつもりかもしれないが、俺はこの手の商売(ビジネス)が死ぬほど嫌いだ。


「許せない!そんな奴ら、捕まえてとっちめてやらないと!」


「普通に捕まえたところで、次に同じ商売をするやつが出て来るだけだよ」


哀しいことに、詐欺グループなどが摘発されても詐欺はなくらない。

詐欺の顧客名簿やノウハウを身に着けた幹部社員などが、ほとぼりが冷めた頃に同様の手口をさらに洗練させて詐欺のビジネスをはじめることは、よくあることだ。


だから、その商売の構造(ビジネスモデル)を破壊する。


それが、スライムの核を直接に会社(うち)で買い取る意味だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


商売の理屈(モデル)を理解したところで、あとは実務を詰める必要がある。

ここに穴が空いていると、絵に描いた餅、理屈倒れになるので気が抜けないところだ。


良いことをしようとする人は、良いことだからうまくいく、と考えがちだ。

だが、事業のミッションと業務の完成度は全く別の話だ。


「悪い商売が成り立たないようにする、って理屈はわかるけど、相手もいろいろ考えるんじゃないの?ほら、悪いこと考える人って、いろいろ悪知恵がはたらくじゃない」


なぜかサラが俺のことをチラチラと見ながら言う。

視線の意味は気になるが、その意見には俺も賛成だ。


「そうだな。奴等は簡単には商売を諦めないだろうな」


「そうよね。別に悪いことをしたと、本人達は思ってないかもしれないものね」


「実際、まともな法律があるわけじゃないからな。悪い悪くないで言ったら、別に悪いわけじゃない」


「そうなの?」


下請保護法なんてものはないし、新しい商売だからギルドもない。

そもそも街に流れ込んできた市民権もなく武力もない駆け出し冒険者に政治的権利などない。

だから、裁判もなければ警察権も及ばない。

弱肉強食の世界だ。


相手は、弱者を食い物にして何が悪い、と思っていることだろう。


「俺は、あんな子供から上前をハネようって根性の商売が気に入らない。だから潰すんだ」


潰す、という強い言葉を使ったせいか、サラが少しこちらを見直す。


「具体的には、本人からの直接買い取り以外を認めない。それから1日の買い取り個数に制限をつける。1個あたりの値段を上げてもいい」


「本人かどうかは、どうやって確認するの?」


「冒険者なら登録票がある。冒険者でなければ、こちらで票を発行する。賤貨1枚、紛失時は5枚ぐらいかな」


要するに転売防止と同じ仕組みである。


繰り返しになるが、買い集めてスケールさせてまとめ取引をする、という方法を批判するつもりはない。

商売の王道といってもいいだろう。

だが、俺のいる街で駆け出し冒険者の子供たちを相手にやることは許さない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


サラが「様子が気になる」というので事務室から出ていくのを見送ってから、別のうち手を小さな声で呟く。


「あとは、ジルボアかスイベリーと相談して、このセコい商売をやってた奴等には商売を引退してもらわないとな」


サラには聞かせられない。

いろいろと理屈や方法を考えたものの、最後は暴力で解決することになるだろう。

それが結局は、手っ取り早く駆け出し冒険者を救うことにつながり、この手の商売をする輩に教訓を与えることになる。


残念ながら、この世界は優しくない。

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