第572話 教会の利益

最後に、3種類目の方法を説明する。


「3種類目の案としては、印刷の主体を管理する方法です。印刷機の技術を教会が主体で公開すれば、自分達でも印刷業を興したい、と考える人間が必ず出てきます。その人間に教会側として登録させてギルドを作るなりして教会の影響を残しつつ管理するのです。2種類目の案よりは手間がかかりませんし、技術の進歩を抑制する必要はありません。中庸の案、と言えるでしょう」


「なるほど。ギルド、という考え方はわかりやすいですね。前例のある仕組みですから教会の上層部にも理解できる仕組みかもしれません」


ギルドから教会に管理費用を上納させるようにすれば、教会の利権も確保できる。

教会の意に沿わない印刷物は、ある程度は管理することができる。

ミケリーノ助祭としては、2種類目と3種類目の方法で揺れているようだ。

その剃り上げられた頭の中では、上層部に説明するためのストーリーが高速で組み立てられているに違いない。


一通りの説明と提案はした。

あとは、先方からの質問を待つだけだ。

口を閉じて、ミケリーノ助祭の考えがまとまるのを待つ。


しばらく待っていると、ミケリーノ助祭が「幾つか確認があるのですが」と声をかけてきた。


「ケンジさんが考える教会の上層部を説得するポイントは、どこにあると思いますか」


「私は教会の上層部のことは全くわかりませんが」


「そうですね。ですが、正直なところ大きな組織がどのように意思決定をするものなのか、という点については、私よりも詳しいように感じるのです」


ミケリーノ助祭の指摘に、少しだけ笑みがこぼれる。

確かに大企業の意思決定が、どんな組織原理に基づいて行われるか、ということについては自分の方が詳しい点があるかもしれない。

そこに漠然とでも気がつくというのは、自分が迂闊なのか、それともミケリーノ助祭が経験を積んで鋭くなったのか。


「どうでしょうか?」


重ねて、問いかけられる。

そこまで言われるのならば、と少し整理してみる。


「結局のところ、印刷業という怪し気で判断のつかない事業が、果たして教会の利益になるのかどうか。あるいは教会に害を成すことはないのか。そのあたりを判断できるだけの枠組みと情報を提供できるか。それが上層部を説得するポイントであると思います」


「なるほど。わかりやすい。ですが・・・」


「そう、実際の判断はわかりやすくならない。ですが、それはそれ、だと思うのです。私には教会の上層部を動かすだけの縁故(コネ)も権力(チカラ)も資金(カネ)もありませんから、それ以外の要素については提供する。それ以外のことは、ニコロ司祭にお任せします」


少々無責任な言い方に聞こえるかもしれないが、出来ることは出来るし、出来ないことは出来ないのだ。

自分の限界を知らなければ、他者と協力し、大きな仕事は出来ない。


印刷業が何をもたらすのか、教会の利益は何か、リスクは何か、それを判断できる情報はこちらで用意する。

その後の派閥闘争はニコロ司祭の派閥に任せる。

それが役割分担というものだ。

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