第548話 前向きの時間稼ぎ

解決の難しい問題が起きそうになったらどうするか。

いろいろと方法はあるが、俺が選んだ解決方法は、日本人の伝統芸、時間稼ぎである。


「ですが、そんなことは可能なのでしょうか。黙っているうちに隠しきれなくなるのでは・・・」


多少の失望が込められた目をして、クラウディオが困惑の声を上げる。


クラウディオが言うように、ここでの成果は報告書として定期的に上にあげられているし、印刷技術の進歩は日進月歩である。

急に報告をやめれば不信を招くことは避けられない。


工房での秘密はある程度は守られているが、教会の上層部、例えばニコロ司祭の政敵などが秘密を嗅ぎつけて本気で調査を始めれば隠しきれるものではない。


そうなれば最悪である。教会内の自分に好意的で話の通じる人間に隠しておいて、敵対的な人間に秘密が漏れたりすれば最悪の場合(ケース)に一直線となること間違いなしだ。


「そうだな。だから、前向きに時間稼ぎをするんだ」


俺の矛盾した表現を含む言葉に、全員が眉をひそめて、ますます困惑の態度を示した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「まず、大前提としてニコロ司祭に報告はする。なぜなら、一番の危険(リスク)は危険(リスク)に関与しないことだからだ。無視のできない危険がある場合は、危険に近づき、手懐けるんだ」


「少し、わかります。団長が言ってました。見えている敵は、どんな怪物でも怖くない、本当に怖いのは見えていない敵だ、と」


「さすが団長(ジルボア)だな。その通りだ」


剣牙の兵団から派遣されている官吏の言うとおり、見えない危険(リスク)を減らすことが、結果的に安全へとつながる道なのだ。


だから、報告しないという選択肢はない。


「あとは、報告のやり方が問題になる。ニコロ司祭を納得させ、時間も稼げる報告をできるかどうか、それを検討するだけだ」


「そんな上手い方法があるんでしょうか?」


どうも会社(うち)の新人官吏達は懐疑的だ。

ここまで、これだけ創造的な解決方法を考え出してきたつもりだが、信用がない。

あるいは、彼らに考えることを放棄させるほど教会も権威というものが、絶対的な価値観として君臨しているのかもしれない。


一方、俺から見ると教会というのは国家にも匹敵する巨大な組織だが、一つの組織に過ぎないとも言える。

組織には組織を動かす原理というものがあり、所属する人間は組織の利益と個人の利益のために動く。

組織と人間の振る舞いの原理原則は、どこの世界でも同じように感じられるのだ。


要するに、キーとなる人物や指揮系統へ慎重に働きかければ、組織を動かすことが不可能ではないと自然に思える。

その精神の有り様が、新人官吏達からすると信じられないのかもしれなかった。


そして、彼らは俺が続けた言葉に対し、またも口をポカンと大きく開くことになる。


「前向きに時間稼ぎをするという意味は」


言葉を一度切って、全員の目を覗き込みながら、ゆっくり頷きながら続けた。


「時間を稼いでいるうちに、さっき説明した最善の場合(ケース)に繋げるためにあらゆる手を打つ、ということだ」

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