第536話 ミッション
クラウディオが言うことを俺なりに解釈すると、ミッション・カードというものに概念(コンセプト)が近い。
国際的な企業になると、企業のミッションについて本やカードなどにまとめられて従業員に配布されることがある。
まあ、もともとミッションという言葉からして宗教から来ているわけだが。
このままでは、この世界での企業のミッションという言葉の最初の事例になってしまう。
おまけに、俺の名前が残るわけか。
勘弁して欲しい。
「だが、字が読める者ばかりではないだろう?わざわざ文字に起こすのは意味がないのではないか?」
自分でも矛盾したことを言っているのはわかっているが、反論せずにはいられない。
「事業の意義を伝えることを主張されたのは代官さまですし、文字の読めない者には代読させるなど、いくらでも手段はあります」
と、一瞬で論破されてしまった。
「それに、この工房には印刷機があるではありませんか。それを使えば、簡単に数を増やせるではあるのでは?」
おまけに、余計なことまで言うものだから、印刷機、という言葉に反応したサラまでが付け足しだす。
「そうね!それと見習いの子も凄く絵がうまくなったのよ!あんまり字が読めない人も、絵がついてたら理解できるんじゃないかしら?」
おまけに絵をつけようとまで言い出した。
たしかに、それは有効な手段だと認めざるを得ない。
サラのアイディアを受けて、皮肉なことに俺もアイディアを思いついてしまう。
「・・・それに、事業の現場に大きな看板を置いて、事業の意義や進捗状況を適宜更新するのもいいな」
諦めたように言うと、新人官吏達がニヤリと笑顔を浮かべたように感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただ、自分の名前を使う必要はないだろう。この手の者は偉い人の名前を使えば、それだけ有り難みが増すものだ」
もともと俺の領地というわけではないし、自分の名前を売ったところで得することは何もない。
ここの領地は数年手放す代官という身分でしかないのだし、下手に名前が売れて任期の終了後に他所の領地の代官などを打診されても困る。
新人官吏達からすると、俺はそこそこの人間に見えるかもしれないが、客観的に見れば身元の知れない冒険者あがりのポッと出の事業家に過ぎない。
ただ、教会の偉い人に少しばかり贔屓にされて、仕事を振られているだけの普通の人間だ。
「代官様はそんな・・・」
「いや、それが事実というものだろう」
クラウディオの反論を封じる。
事業に集まってくる人間も、直接面識のない人間からすればそんなものだ。
「理想を言えば、枢機卿様の名前を貸していただくのがいいかもな」
信仰の薄い人間であっても、枢機卿という肩書きに疑義を挟むことができる人間はいない。
実務的にはニコロ司祭が取り仕切ることになるだろうけれども、名声を得ることのできる機会を譲られて嬉しくない偉いさんはいないだろう。
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