第535話 面倒くさい話
新人官吏達の中から進み出たクラウディオが、おずおずと感想を言ってくる。
「失礼ながら・・・本当によく練られた計画だったのですね。その、製粉所というお話を聞いて、正直なところよく理解できていない部分があったと、今になって思い知らされております」
「そうだな。そういえば、なぜ製粉所なのか、という点はあまり突き詰めて説明をしていなかった気もするな」
思えば、急に代官を任された為に新人官吏達には、かなり無理をして走り回ってもらった。
ある程度の計画が立ったと思えば、今度は前任の代官の不正が発覚して教会の小法廷に呼び出され、代官への就任が早まるというアクシデントもあった。
代官への就任だけでなく、靴事業の方も並行して管理していたわけで、事業に関する説明は今後の作業や進め方といった実務的な方面に限られていたし、それを消化するだけで精一杯であったという事情もあったろう。
「それと、これは言ったことがあるかもしれないが、王国全体では畑の開拓が続いている。だから、来年以降は麦が余り出すかもしれない。その麦の行く先を作っておきたかったということもある。
麦の価格下落による収入低下を、領主たちは付加価値をつけることで補おうとすることだろう。その付加価値を、安価な製粉という形で補ってやれば、この領地の重要性は高まる。先んじて大規模で優れた製粉所を建設しておけば、後発の領地が製粉所に乗り出すことを牽制もできる。
そうすれば、製粉所をきちんと経営しているだけで、この領地の豊かさを長く保つことができる。もちろん、領民の一人一人も豊かになれる」
そう。蒸気機関などによる動力革命が起こり、水車動力の時代が去るまでは。
あるいは、安価な綿花や優れた紡績機による丈夫な帆布に革命が起こり、風車動力が水車を駆逐するまでは。
この世界の産業を見るところ、それには100年単位で余裕があるだろう。
永遠に領地を豊かにすることはできないが、100年も豊かにできれば、それで苦労は報われるというものだ。
「代官様のお話で、我々一同、大いに製粉業に対する理解が進んだと思われます。そして、その意義も。これは、私どもだけで伺うには、あまりに勿体無い話だと思います。もしできれば、このお話を書面にまとめて配布させていただいてもよろしいでしょうか」
「あまり歓迎できない話だな」
製粉業の事業計画については頭を振り絞って考えたという自負はあるが、別に自分の名前を売りたいと思ったわけではない。その手の自己顕示には、どちらかと言うと羞恥を感じる。
「ですが、我々はなんのために、という理由を知りたいのです。そして、今のお話は事業に関わるもの全てが聞きたがるお話だと思います」
珍しく、クラウディオが引き下がらない。
「そうね。みんながパンを食べられるようになるためだと知ってたら、土を運ぶ人も、材木を切る人も頑張れると思うわ」
サラまでも、同じようなことを言う。
救いを求めて他の新人官吏達を見ても、全員が首を縦に振る。
自分の味方はいないようだ。
「例がないわけではありません。教会では聖堂を建設する時に、聖職者による儀式と説教が行われます。その土地と住まう人々を祝福するためです。それが文書にまとめられる、とお考え下さい」
クラウディオが事例や新書の話を持ち出すと、こちらも論駁が難しくなる。
面倒くさい話になってきた。
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