第537話 ミッション・カード
枢機卿という言葉が出ると、場の空気が少し固くなったように感じた。
するとクラウディオが、遠慮がちに口を開いた。
「枢機卿様、ですか・・・そんなことが可能なのでしょうか?」
「難しいか?」
「難しいも何も、私共では判断できない雲の上の話というか・・・」
クラウディオの言葉に、新人官吏達の全員が頷いた。
雲の上か。
確かに、クラウディオのように教会の若手からすると、現実的な話に思えないのかもしれない。
教会組織を元の世界の官僚組織に例えると、クラウディオが入省数年目の若手で、枢機卿は大臣クラスのようなものであろう。
「まあ、ニコロ司祭にお願いしてみよう。無理そうであれば領主であるニコロ司祭の名前を使わせていただこう」
とりあえず自分の意見は取り下げて、ニコロ司祭に相談することにする。
個人的には、靴の件で枢機卿御用達という看板を掲げさせてもらっている身として、そこまで無理筋でない気もしている。
枢機卿まで偉くなってしまうと、庶民とは動いたり興味を示す動機がまるで違ってくる。
なまじの利益や権力のためには動かないけれども、名声や名誉については比較的興味が残っているように感じるのだ。
まして、歴史に名を残せるという話であれば、乗ってきてくれるのではなかろうか。
あくまで、想像ではあるが。
とりあえず、自分の名前を載せようという話題は消えてくれたので、こっそりと胸を撫で下ろした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「午後からの専門家との打ち合わせのために、簡単なサンプルが作りたい」
午前中の新人官吏たちとの打ち合わせは、あくまで午後の専門家との打ち合わせの準備に過ぎない。
事業に関わる改善のアイディアを整理し関係者で共有するための理念の叩き台として出したものである。
そうであるから、やはり説明するための形が欲しい。
「そりゃあ無理じゃな。版を作るのに時間がかかる」
だが、相談を持ちかけたゴルゴゴにはあっさりと否定された。
印刷の準備が足りないので無理だという。
「まあ、それはそうか・・・」
PCとプリンターがある世界ではないのだ。
考えたことが、すぐに出力できるわけではない。
それだけに事前の計画や関係者の意識共有が非常に重要になってくる。
何とかならないか、と悩んでいるとゴルゴゴが言う。
「男爵様に依頼していた冊子の練習したものがあったろう、あれではいかんのか?」
たしかに、考えを伝えるために絵と文字が印刷できるということを示すだけであれば、それでいい。
「やはり、人のアドバイスは聞くものだな」
狭い範囲で議論していると発想が狭くなる。
様々な種類の人間に話を聞くことで、視野が広がり解決策も見えてくる。
そうした意味からも、午後からの専門家との打ち合わせは重要である。
「これで、どうじゃ?」
ゴルゴゴが持ってきた冊子には、男爵の手による怪物の詳細な図と、その解説が書かれている。
手に収まる大きさでありながら怪物や活字の細部までクッキリとしたディテールは、この世界では違和感を感じる近代的な印刷物としての存在感があり、思わず言葉を失った。
「これは・・・」
少し目を離している間に、ゴルゴゴは随分と好き勝手に頑張ったらしい。
嬉しい驚きだが、別の種類の頭痛を覚えた。
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