第525話 初めてのアイディア

ざわざわとしていた専門家達も、ある程度のところで腹をくくったのか、各班についた新人官吏達の誘導や補助もあって、徐々に議論を始めたようだ。


会社の強さは現場の強さと言うが、組織的に動く際には現場に優秀な官吏がいると小回りが利く。

代官職を拝命してから、地道に育成してきた官吏達が現場で機能している様子に、安堵と心強さを感じる。


同時に、自分も新人官吏達にとって心強さを感じさせる存在でなければならない。

そう思えば、自信がないなどとは言っていられない。

意識して笑顔を作り、ゆっくりとした足取りで議論している班を回り、頷いてみせる。

すると、心なしか新人官吏達の声が大きくなり、また、専門家達の議論にも熱が入っているように聞こえる。


この手の議論は、基本的にやりすぎな程に加点方式で臨むべきである。

もし減点方式で望めば、周囲の歩き回る行為は、かえって議論を萎縮させる結果となるだろう。


できれば、早期に何かアイディアを評価したい。

どこかの班が上げてきたアイディアを肯定的に評価すれば、全体の議論はさらに活発になるだろう。


ジリジリとした気持ちを抑え、ことさらにノンビリとした様子を見せながら待ち続けた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


最初に木札を持ってきたのは、サラの班だった。

サラが立ち上がり、木札を持ってこちらに来る様子を、他の班も凝視している。


「さて、ちょっと見せてもらおうかな」


いつもなら「はい!」とばかりに元気よく渡してくるはずが、周囲の雰囲気に飲まれているのか少しばかり態度も硬い。


木札には、サラが速記で書いたであろう内容が、多少たどたどしい字で綴られている。


「製粉所にパン工場を建てる」


内容を読み上げると「なんだ?」「パン??」と否定的な声が上がる。


「なるほど」


少しばかり意表を突かれる意見だった。


だが、午後のプログラム全体の雰囲気のことを考えれば、できれば肯定的な意見を言いたい。

意見の良い点を考えてみる。


製粉所にパン工場を併設するというのは、元の世界の製粉所でも、うどん屋などが併設されていた。

それほど的を外した意見ではないかもしれない。


「いいアイディアです」


緊張したサラに向かって褒めると、ホッとした様子を見せた。

続けて、アイディアの良い点を、説明する。


「なぜなら、製粉所や艀では荷降ろしなどでも、多くの労働者が働きます。彼らは畑を持っているわけではありませんから、基本的には村で食事を取るわけです。その際に、製粉所で生産される安価な小麦を用いたパンを提供できれば、製粉所の魅力をわかりやすく伝えることができるでしょう。あの村で働けば毎日パンが食べられる、ということになれば、多くの人が村に押し寄せることでしょう」


アイディアに対する評価は、アイディアを出してきた当人も気がついていない価値を加味して評価できると良い。

評価とは、アイディアを出した人間のやる気を引き出すためにするものなのだから。


「第一号ということで、賞金ですね」


そうして、全員に見える位置に「製粉所にパン工場を建てる」という木札を置くと、明らかに参加者の目つきと室内の雰囲気が変わるのが感じられた。

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