第526話 続く提案

パン工場の設立というアイディアに賞金が贈られることが確定し、俄に議論が白熱する。


「パン工場とは、意表を突かれたな」


「確かに。機構の改良ばかりに気を取られていた」


「いや、しかし折角議論したのだから機構の改良を進める方向で提案した方が良いのでは」


専門家達の中で様々な意見が出ているのが聞こえてくる。

それらの意見に耳を傾け、頷きながら歩き回っていると、自分だけの頭の中にあった事業の完成図が、全員の頭の中に伝わっていく様子が見えるように感じる。


結局、説明を受けるだけでは物事の深い理解は進まないわけで、どうやって改善するかというところまで主体性を持って考えることで理解が深まるという性質が、人間にはある。


改善をしようと思えば、仕組みの欠点に思い至るまで理解をしなければならないからだ。


少しすると、また別の人間から手が上がり、木札が届けられた。


「水車の軸を取り外し式の別部品にする」


木札の内容を読み上げると、周囲の専門家から感嘆の声があがる。

この改善は、専門家達にも理解しやすかったようだ。


「なるほど、水車で最も摩耗し易い部分である中心軸を交換可能な作りにするということですね」


木札の内容を解釈して周囲に聞こえるよう説明すると、木札を届けた班の者達が頷く。


「いい提案です。製粉工場の水車をどうやって長持ちさせるか。摩耗しやすい部分の交換ということですね。長い目で見れば必ず利益になるでしょう。賞金の対象です」


そうして、やはり全員が見えるようにパン工場設立の隣に木札を置く。


製粉業のために水車を10基も同時に動かせば、必ず傷むものが出てくる。

製粉業はある種の装置産業であるから、どうやって24時間装置を動かし続けるか、ということが利益を出すためにポイントになる。

つまり、メンテナンス性の高さは、装置の改善点として真っ当な報告の改善であると言える。

詳細な設計については専門家達がするだろうが、おそらくは木製の軸の周囲を別の木材か鉄の部品等で交換可能なカバーを作るのだろう。

軸受にベアリングなどを作れれば一番いいのだが、今の技術ではおそらく不可能だろう。

それでも、摩擦の少ない木材や鉄の覆いなどで似たような効果を追求することはできるハズだ。


「交換という方向はいいな」


「他にも交換で効率があげられる部分があるのではないか」


一つの提案を受けて、専門家達の間では、また別の方向に議論が進んでいる。

誰かの提案をけなしたりするのではなく、より良い提案をすればいい、という雰囲気に満足して、次の提案を待ち受ける。

ここまで来れば、事業の改善に関する議論という仕組みは、ほとんど成功したと言えるだろう。


結局、午後の間は、専門家達から上がる様々な提案の木札を受け取っては、評価し、賞金をつけて、コメントをするという作業をその後も繰り返した。

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