第513話 小麦の削り滓

ベンサムと話していると、別の職人も寄ってくる。


「それにしても水車を10基とは、前代未聞の規模です。石臼の生産が間に合えばいいのですが」


寡黙な印象の強い石臼職人のビルホネンだったが、酔いが手伝ってか先程よりも饒舌に続けた。


「小麦の粗さに応じて石臼を使い分けるとの発想、さすがは教会肝煎りの事業です。おまけに家畜もますます肥えて、肉も大いに食べられる。万々歳ですな」


家畜が何か関係が?と顔に現れた疑問に気がついたのかどうか。

ビルホネンは鶏の串焼きを右手に、左手には麦酒の杯を持って、まくし立てた。


「小麦を削りますと、カスが出ますな。あれは家畜の餌にしかなりませんが、鶏に与えると丈夫な卵が生まれるそうです。水車小屋のある村の貴族家や教会では、鶏を育てているそうですから、このような」


そこまで言って、右手の串焼きの肉を噛みちぎって、麦酒でぐいっと流し込む。


「美味い肉を、毎日のように食べられるようになるわけですな。羨ましいことです」


麦の削りカス。そういうものが出るとは知っていたが、使いみちは畑の肥料程度の意識しかなかった。

米で言うところの胚芽のようなものだろうか。それならば栄養がありそうだ。


10基の水車が大量の小麦を処理すれば、それだけ大量の小麦カスがでる。

それを餌にできれば、養鶏場のようなものが成立するのかもしれない。


そういえば、どこかの事業家も貧困から脱出したければ鶏を育てろとか言っていたような。


「サラは鶏を飼ったことがあるか?」


農村出身ということで、サラならば飼ったことはなくとも見たことぐらいはあるのでは、と期待して聞いてみたが


「えー、ないない。だって、ああいうの飼っていいのは貴族様と教会だけだもの。外で飼ってたら魔狼に食べられちゃうし、盗まれることもあるし、冬になったら自分達が食べる分だって不足するから・・・ご飯に余裕のあるところしか飼えないよ」


という返事だった。


「いえいえ、豊かな村では農民も飼っていますよ」


とサラの発言を訂正したのはベンサムだった。


「ただ、確かに穀物を与えるわけにはいきませんから、水車があって小麦の削りカスが出るような土地の方が飼いやすいのは確かですな」


思わぬ副産物になりそうな話ではあった。


だが、その時に考えていたのは、自分の思考のモレについてだった。


事業が稼働すれば、事業ゴミがでる。いわゆる産業廃棄物だ。

小麦の削りカスならば消費できるので結果としては良い話になりそうではあったが、見逃していたことには違いない。


やはり自分一人の知識と技量では全てを見渡すことはできないし、現場の意見は聞いて回らないといけない。

リスクが潜んでいることもあれば、事業の芽があるかもしれない。


「新しい領地では鶏も飼えるの?」


「たぶん、そうなるだろうな。規模はわからないが、そこそこ大きくなるかもしれない」


「すごい!お金持ちの領地だね!」


嬉しそうにサラが言う。


製粉業の方がおそらくは遥かに事業としては大きいのだが、鶏が多く飼われている土地は、農民からすると豊かな土地の証拠に見えるのかもしれない。


「代官様も領地で宴席などを設けられる際には、土地で獲れた鶏などが供されますと、お客様も喜ばれると思いますよ」


代官になった後の社交という、忘却していたかった事柄をベンサムは思い出させてくれたので、内心で思わず眉を顰めた。

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