第503話 小麦の分別

観客の中には、進む議論について来れていない者もいるので、いったん仕切り直すためにとりまとめる。

事業を進めるためには、全員の知識と意識の共有が必要だからだ。


「少し、整理しますよ。この領地では、混ぜモノや虫が混入していない綺麗な小麦粉を安価に提供したい。製粉所を整備しようとしているのも、そのためです。この目的については、理解できますか?」


事業について確認すると、全員が頷く。


「綺麗な小麦粉を提供するために、製粉をする前の処理と、製粉所の中の環境を整備する2つのアプローチが必要だと考えています」


指を2本だして見せつつ、手段を大きく分類してみせる。


「製粉をする前に必要な処理は2つ。小石や虫などのゴミを小麦から取り除くこと、それから小麦を粒ごとに揃えることです」


「それは理解できます」


バンドルフィが頷く。


「技術の問題ではないですが、依頼を受けた場合には、先方の貴族様や商人に搬入された小麦の内訳を確認する書類などを送る必要がありますね。輸送途中に傷んだり盗まれたりする可能性もありますので」


クラウディオが付け加える。


「できれば、その工程を機構で処理したいのです。それが安価で綺麗な小麦の提供につながりますから」


「そういうことなら、まあできるとしか言えませんな。作ってみないと何とも言えませんが」


マルタが不承不承うなずく。


「ひょっとすると、麦の分別の機構だけでも商売になるかもしれませんよ」


クラウディオが言うには、教会に喜捨される小麦の質の算定は、実質的には小麦の評価に慣れた幾つかの大商人に任されており、それらの商人の意向で価格が決定されることが多いという。


「それらのベテラン商人の目や手腕を疑うわけではありませんが、機構で分別できるのであれば、説得力が増すでしょう」


要するに小麦の等級を一部の商人が決める仕組みから、より客観的な尺度によって決定する仕組みができるわけだ。

なんとなくどこかの利権に触れる気がするが、教会が矢面に立ってくれるのであれば問題ない。


「その機構ができれば、間違いなく教会で買うと思います」


クラウディオが自信をもって保証する。


「おまかせください!」


先程まで渋っていたマルタの意気込みが明らかに変わる。

王都で資金調達に苦労していそうな機工士からすると、教会が自分の機構を買ってくれるというのは大きな後援者を見つけるのと同じ意味があるのだろう。

動機はどうあれ、士気(モチベーション)が上がるのであれば、文句はない。


「さて。そうやって小麦を分類した後は、小麦の粒の大きさに応じた石臼に小麦を投入し、製粉します。小麦を投入し、製粉し、袋や箱に詰める。この工程でなるべく人の手を介さないようにしたいのです」


「代官様、それは難しい」


「そうでしょうか?」


元の世界を振り返ってみれば、設備型の工場で人が少ないのは当たり前だ。

コンサルとしての経験上、機構の活用とローテクでかなりの程度、省力化を図れるとの確信はある。

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