第502話 綺麗な小麦

俺が当たり前だと思っていて、専門家が難しいという。


この場合、可能性が2つある。

1つは、俺が現場の現実を知らない可能性。

もう1つは、そこにビジネスの機会が眠っている可能性だ。


ただの勘だが、ここは後者の芽があるように感じる。


「難しい理由を誰か説明してくれませんか」


俺が呼びかけると、マルタが応じた。


「代官様のお考えを、もう少し説明していただけると助かるのですが。粉を外に追い出すといっても、手段の前に、なんのためにするのかを指導していただけると、いくつかの手段を考えられますのでな」


マルタの指摘に、俺は気が逸るあまり説明がおろそかになっていた自分のミスに気づいた。

目的を共有しなければ、手段の検討が適切に議論できるわけがない。


「確かに。自分の説明不足でした。まず大前提として、製粉所は小麦という食べ物を扱う場所ですから、綺麗に保っておきたいのです。内部の清掃はもちろん、外からの汚れは持ち込まない。まして、虫などもってのほかです」


言葉に出してみると、ハッキリする。

俺は、この製粉所を食品工場として可能な限り、衛生的な環境に保ちたいのだ。


それに「衛生的な工場で作られた綺麗な小麦粉」は、きっと市場で受ける。


「しかし、多少の虫は小麦の中に入っているものですが」


「石臼に注ぐ前に篩(ふるい)で排除します。虫入りの小麦粉などありえません」


クラウディオの疑問に、決然と答える。

製粉所で働く人の衛生教育や設備を揃える必要もあるが、それ以上に人が小麦を触る工程を最小限にする必要がある。

もう一つ、製粉所が稼働し始めると必要になる工程に気がついた。


「石臼に入れる前に小麦を篩にかけることはできますか」


「動力と風力を組み合わせればできますな。仕組みが単純とはいいませんが・・・」


躊躇するマルタに、必要性を説く。


「製粉所が稼働すると、舟で様々な領地の小麦が運ばれてくるようになります。水車がない領地から運ばれてくる以上、運搬されてきた小麦の質は一様ではない可能性が高いと思われます。こちらで小麦を粒の大きさで分類する必要があるでしょう」


小麦の粒の大きさに応じた石臼にかけて製粉の効率をあげるためには、その前の工程で小麦を粒の大きさごとに揃える必要がある。

元の世界でなら質ごとに揃えて運び込まれるのが普通だが、以前、別の領地で教会の倉庫に積まれた小麦が雑多に袋に詰められていた経験からも、袋に詰められた小麦の質はバラバラであると認識しておく必要があるだろう。


「中には小麦に砂や石を混ぜてる者もいるでしょうね。ときどき、石臼に傷がついたと呼び出されることがあるのです」


石臼職人のビルホネンの言うには、小麦の量を誤魔化すために袋に入れられた小石や砂が石臼の歯を傷めることがあり、そうすると石臼の歯を均一に削り直すために何日も水車小屋が停止するのだという。


「そうなると、製粉を依頼された麦の評価も、こちらでする方がいいのか」


稼働率が命の設備に傷がついては大損害だ。その種の事故は事前に防止する仕組みがいる。


「荷運びや荷降ろしの人間に手癖の悪いのがいると、その種の誤魔化しが横行する可能性がありますね」


測量士のバンドルフィも注意を喚起する。

盗難や誤魔化しがありえる、ということだろう。

受け取った麦の質や内訳に誤魔化しがないか、依頼者に選別結果を通知し、了承をとる仕組みも必要になる。


「代官様が絡むと、どうも仕事が大きくなりますね」


クラウディオが、なぜか諦めたようにため息をついた。

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