第501話 安全装置

自動運転に目処がつけば、あとは、整備性と安全性の問題か。


「例えば、水車から伝わる動力が一定以上の回転数にあがったら、途中で動力を外すようなことはできるでしょうか?」


「と、いいますと?」


俺の要望にマルタは問い返した。


「例えば川が大雨で増水した場合など、水車が想定以上の速度で回転した場合の安全装置が必要だと思うのです。全体が連動していると、機構が壊れる可能性があります」


「ふうむ。なかなか難しいですな」


マルタが考え込んでいると、エイベルが手をあげた。


「代官様、大水についていえば水車小屋の機構で対処するのではなく、水の取水口に水門を設けることで対処できると思います。今回の水車は川に直接つけるのではなく、川から水を引いてきて上からかける方式が使えると思うのです」


「そういう方法もありますか」


水車小屋の機構に無理に組み込んで複雑化するよりも、入ってくる水自体を断つ。そうすることで水車を守る。

合理的な方法だ。


「いや、そういう事態がありえるということであれば、弱い歯車やベルトのように、材質が弱いところを一箇所、意図的に設けておくという方法もありますな」


マルタの提案には、意表をつかれた。

被破壊式の安全装置か。そもそも安全装置なのだから、滅多に使用されることはない。

であれば、日常的に動作するよう機構を複雑化させるよりも、通常の機構の中に弱点を設けておく方が効率的だ。

その部品の在庫を増やし、修理しやすい場所に配置しておけば、復帰も容易い。


「いい考えです。さすが王都の機構士ですね」


マルタのアイディアを褒めると、わかりやすく顔を紅潮させた。

意外とわかりやすい男なのかもしれない。


「その部位が壊れた時に怪我しないよう、周囲にカバーをしておくといいだろうな」


ちょっとしたカバーをするだけで、破片が飛ぶ危険を下げることができる。

大型の機械がを動かす現場で怖いのは、巻き込み事故だ。

それについては、センサーのないこの世界で安全装置を作るのは無理だろう。

俺が就業規則や安全規則をつくり、徹底させるしかない。


「ラジオ体操でも導入するかな・・・」


おまけに安全点検だの指差し確認とかするのだろうか。


なんとなく妙な理由で後世に名前が残る気がした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あとは換気ですね。水車動力を用いるかどうかは別として、建物内の空気を外に出す仕組みが欲しい」


「空気?」


俺の言葉をマルタが繰り返す。


しまった。こちらの言い方に直すと・・・


「製粉所では製粉したあとの粉が舞うことがあると聞きます。その粉に火花が飛ぶと、火事になりやすいそうですが」


いわゆる粉塵爆発である。

屋内照明をランプなどの火に頼っているのだから、元の世界とは桁違いに火事になる可能性が高いハズだ。


「だから、水車小屋の中で舞っている粉を外に出す仕組みがほしいですね」


「窓をあけるのではいけませんか?」


「虫が入ります」


製粉所とは食品工場でもあるのだ。窓を開け放ったまま作業するなどあり得ない。

食品工場は少し気圧をあげた陽圧という状態にし、外の空気が入ってこないように調整するのが普通だ。


「代官様は難しいことをおっしゃる」


マルタだけでなく、他の専門家も黙り込んだ。

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