第500話 機構士

男が説明を始める。


「えー、おっほん、私は機構士のマルタ・ハルンステーンと申します。この領地では、大変に野心的な試みをしていると聞いて、飛んで参りました。普段は王都で依頼を受けておりますが、今回は教会が後援についているということで、腰を据えて取り組んでいきたいと思っております」



マルタと名乗る男は白い顔についた豊かな肉を震わせると、床に置いていた箱から、小さなハンドルのついた棒を取り出した。


「えー、ここにいらっしゃる方々に説明の必要は薄いかと思いますが、水車というのは円を描く運動であります。水の力で水車というクルマを回し、その力を重たい石臼を回すことに使っているわけです。さて、問題となるのは、回転の方向ですな。水車は縦に回る。石臼は横に回る。その間を仲立ちするのが機構というわけですな」


マルタが手にもった小さなハンドルを回すと、棒の先についた歯車が噛み合って別の歯車が回る。


「この機構には幾つか種類がありますが、大きな力がかかる部位には歯車を使うのが良いと言われております。歯車を使って力を伝えるわけですな。もう一つ、歯車には別の働きもあります。このように」


マルタは箱の中から大きな歯車と小さな歯車を取り出してみせる。


「大きな歯車と小さな歯車を組み合わせると、面白いことが起きます。大きな歯車はゆっくり回り、小さな歯車は素早く回るのです。これを利用すると、大きな力でゆっくり回るモノで、小さくて素早く回るモノを作ることができます。また、一つの歯車に接する歯車を二つにすると、十分な力が加われば、一つの大きく回るモノで二つの仕組みを動かすことができるわけです。これが何を意味するかおわかりでしょうか」


マルタが意味ありげに言葉をきると、エイベルが答えてみせる。


「水車の数よりも多くの石臼を回すことができる」


「そうです!」


得たり、とマルタが満面の笑みを浮かべる。


少しばかり嫌な感じがしたので手をあげて質問をする。


「1つの歯車に力が集中すると、機構の寿命が縮みませんか」


思わぬ方向からの質問に意表を突かれたのか、一瞬、ムッとした顔を見せた後で渋々と認めた。


「まあ、その可能性はありますな」


なんとなく、この男の技術的な癖がわかってきたような気がする。

細かい機構は得意だが、整備や強度といった産業的な関心は薄いように思える。


「他にも1つの回転する動力さえあれば、様々な設備を同時に動かすことができますな。例えば製粉された小麦は石臼の周囲から落ちるわけですが、それを集める機構も同じ動力で動かせます。集めて樽か麻袋にでも入るようにしておけば水車が動くのを見ているわけで済むわけですな」


それは是非とも実現したい機能だ。

少し調子にのって要望をぶつけてみる。


「今のは出口のお話ですが、入り口の方はどうでしょう?たとえば箱なり袋から一定の量を定期的に、自動で石臼に落とし込むような機構は可能でしょうか?」


みょうなアヒルを作れるぐらいだから、タイマーのような機構を作れるのではないだろうか。

俺の質問に少しばかり考えこんでいたマルタはしきりに頷いた。


「ふむ・・・完全に人の手を離れた水車小屋ということですな。小麦を食べさせれば粉を排泄する鳥のような機構をということですな。できますとも!」


いや、鳥はどうでもいいが。

できるというのは、なかなか心強い言葉だ。

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