第495話 これでパンを食っていますから
エイベルの言うには、水車の効率的な運用には川面の高さが必要であるという
「高度差か・・・」
領地はざっと見て回っていたが、具体的な高度差までは考えて見ていなかった。
川上側が高く、代官の館も丘の上にあったぐらいの記憶しかない。
「測量で高度差は測れますか?」
測量士のバンドルフィに確認してみる。
「可能ですね。そうすると水車小屋の建設は、候補地の中で最も低い土地を選べば良いということでしょうか?」
「そうとは言い切れません。川から離れると水路を伸ばすのが大変になりますので、傾きの激しいところが良いと思います」
バンドルフィの回答に、エイベルが補足する。
水車の効率最大化のためには、高度さが最大になれば良い。
ただし水路を長く伸ばすと費用がかかり過ぎるので、傾きの大きく流れの激しい場所があれば、そこに建てたほうが結局は効率が良い、ということだろうか。
「土地の傾きの大きさを測量で確認して、地図に書き入れることはできますか?」
「傾きですか・・・。傾きは測量できますが、地図に書くとなると、どうやって描いたものか」
バンドルフィに可否を尋ねると、記述の方法に迷いがあると言う。
「高さを描くことはないのですか?」
「領主様の館は高い土地に立てるのが一般的ですし、川から水路を引く際に傾きや高さを測ることはあります。ただ、それは特定の場所や二点を結ぶ際に測るので、土地全体を測ったりはしません。なので、地図にも記述する約束がないのです」
計測する技術はあるが、まとめ方が決まっていないということか。
元の世界の地図で言えば等高線ということになるのだろうが、そこまで計測すると費用がバカにならない。
そもそも海水面を高度ゼロとするという基準からしても、俺はこの世界で海を見たことがない。
「仮に、領地に通っている川沿いで最も低い土地の高度をゼロとして、川沿いと水車の建設予定地だけについて高度を測り、数字を書くことはできますか?」
理想は理想として、現在の技術と予算で可能な折衷案を出すと「それであれば、可能でしょう」ということになった。
こうしたやり取りは、複数領域の専門家が集まっているからこそ可能なことだ。
この説明会を行わなかった場合は、今の議論が起こらず、全ての解決策を自分で考えなければならなかったということだ。
「他人様の知恵ってのは、ありがたいものだな」
思わず本音が口に出てしまったが、専門家達からは意外な反応が返ってきた。
「何をおっしゃいますか!我々にとっては、この会合はまさに宝ですよ!待ち望んでいたものです!」
「そうです!計画の全体が視えるというのが、こんなに気持ちの良いものだとは!もう元のやり方には戻りたくありません!」
俺としては、自分の思惑の先走りや知恵の足りなさを、専門家達の意気込みや工夫に色々と助けられてばかりだと思っていたのだが、彼らからすると「そんなことは当たり前だ」という。
「われわれは、それでパンを食っているのですから」
という言い回しに、世界が違っても似たような言葉あるのだと、少しばかり笑みがこぼれた。
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