第496話 石臼

「次は、誰だったか」


「石臼の専門家ですね」


クラウディオに順序を確認すると、すぐに答えが返ってくる。


「石臼か」


水車を用いた製粉は、回転式の石臼が用いられる。

縦型の水車の場合、歯車などを用いて横回転にすることで回転式の石臼を動かせるようにするわけだ。

これが横向きの水車の場合、水車の回転をそのまま利用するわけで、難易度は下がる。


「どういった発表をするのだろうか」


正直なところ石臼については、あまり知識がない。

一応、小さな石臼で原理の確認ぐらいはしたが、加工には硬度と精度が必要なのだろう、という程度の認識しかない。


発表をするために前へ出てきた3人の専門家は、測量士や水車の専門家達と比較すると、随分と小柄だった。

手には、いくつかの石やノミなどの道具を持っているように見える。


「みなさん、私は石臼職人のピルホネンと申します。このような席に呼ばれ、正直何を言えばいいのか随分と悩みました。私はこんな感じで地味な性質(たち)なので、まずは自分達の仕事をそのまま飾ることなく紹介させてもらおうと思います」


ビルホネンの飾らない態度に、他の専門家たちは好感を抱いたようだ。

専門家達というのは徹底した実務家の集まりであるから、派手で強気な言葉よりも、その仕事を重んじる。

仕事を紹介するしかない、という意見の表明は、仕事を紹介すれば自分のことをわかってもらうには十分であるとの、自らの仕事に自負を持つ者の言葉でもある。


ビルホネンが合図すると、席の後ろからゴロゴロと低い音を立てて丸い岩の塊が二人がかりで転がされてきた。

直径は50cm近くもあるだろうか。

それが、2つ。


それらの2つの断面がこちらに見えるように並べると、ビルホネンが説明を始めた。


「この石臼は、私のところにあった製作中の石臼です。先方の都合でキャンセルされたものでして、このような用途には丁度良いからと持って参りました。非常に重量がありますので、川舟を使いましたが、陸路では運搬に苦労しました。代官様のおっしゃるように、川沿いにあると工事が便利ですね。それはこの身で感じました」


ビルホネンの説明に、低い笑いが起きる。

たしかに、石臼は重い。そもそも、その重量で麦を製粉するのが石臼の役割なのだから重くて当たり前なのだ。

川沿いに工事現場があれば、遠方の工房で制作した石臼を舟で直接持ち込むことができる。

つまり、製造費と運搬費を下げられる。

トラックやクレーンなどのない、この世界、水運を重視する考え方は間違ってなかった、と確信する。


「さて、石臼は2つ部分から出来ております。底の臼と、蓋の臼ですな。底の臼は地面に固定され、蓋の臼は上から吊り下げられた上で回転します。ここで見ていただきたいのは、臼が接触する断面です」


ビルホネンが石臼の1つ観客に見えるよう回すと、全員の視線が集中する。


石臼には、中心から外側に向かう幾何学的な線が綺麗に彫られているのが見える。


「このように、麦を製粉しながら臼の外側に運ぶよう筋(すじ)が石臼には掘られているわけです。この筋が綺麗に規則的に彫られていると、小麦粉のできあがりも粒が揃うと言われています。あまり筋が細かいとすぐに磨り減って目立ての手間が増えますし、あまりに筋が深くて粗いと出来上がりの粉に影響します」


ビルホネンの具体的な説明に、全員が聞き入る。

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