第483話 準備の準備

「まだある。参加者達には事前の説明をしておかないとな」


「え・・・」


俺が続けた言葉に、全員が固まる。


「当日にいきなり説明しても、戸惑いが多くて有効な議論にならないだろう?発表と説明のための資料の準備、参加者の選定など事前に専門家たちに説明しておく必要があるな」


「それをするのは・・・」


「当然、我々だな。訪問し、目的を説明し、質問に答え、準備を手伝うところまでやる」


「かなりの大仕事になりますね・・・」


クラウディオが仕事量を思ってため息をつく。


「初めての仕事だから負担は大きいだろう。だが、ここで全員の意思統一と知識の平準化を図ることは、必ず後で生きてくる。事前準備の1日は、実行段階を5日短縮する、と思い励んでもらいたい」


「たしかに、父にも言われました。良い商人は商売の仕込みを怠らない、と」


リュックも賛同する。


「ねえ、その会食って私達も参加できるの?」


「それは当然だろう?何しろ会議の本当の主役は、設計者で運営者である官吏のお前達なのだから。酒はダメだが、何を食うのも自由だ」


「わかった!ねえリュック!会食は、思いっきりご馳走にしてね!」


サラのちゃっかりした要求は、満場一致で可決された。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


準備には、想定していた時間の倍ほどの期間がかかった。


専門家たちにとっても、他の領域の専門家の前で発表するなど、初めての機会である。

当初は「自分たちの技術を公開するなど、とんでもない!」という意見も出たらしいが、教会から依頼された仕事を断る選択肢はない。ならば発表資料は適当でお茶を濁そうとすると、事前に資料の要項を用意するように、との指導があり、難しいことがわかった。


何より、代官から派遣されてきた官吏の「水車の技術が測量士に伝わると、どんな不都合があるのか?」との質問に対する回答が困難だったせいもある。


教会からの身分保障と引き換えに、元より専門家達は教会に対して専門知識の提供と工事結果の報告をすることが慣習になっている。

その意味で、秘密が漏れているといえば既に漏れているのだ。

ただ、間に教会という存在が入っていることで、秘密が保たれているとの意識があったに過ぎない。


「ひょっとして、これは教会にとって知識の独占という権益の一部を手放す行動なのでは?」


そのように考えるものも出てきた。

もちろん、口に出せるようなことではないので個人の胸にしまっている。

ただ、新任の領主という存在に興味を持ったのは事実であり、参加してみるのも面白いのではないか、と前向きな姿勢に変化する者もいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「印刷機、便利だな」


仕事が増えれば、書類が増える。

工房に置かれたゴルゴゴ謹製の改良型印刷機は、日夜、書類を吐き出し続けている。


「まだまだじゃな。銅板に彫り込んだ字が滲むのを何とかしたいんじゃがな」


ゴルゴゴは、靴が量産技術に移って時間ができたせいか、すっかりと印刷機に入れ込んでいる。

当初はワインの圧搾器の改良でしかなかった道具が、いたるところに木ネジやハンドルなどが取り付けられて元の姿はどこにもない。

商家の家出息子の見習いと2人で、実に楽しそうに励んでいる。


その後の影響を考えると迂闊なことはできないが、そのうち世に出してやらないといけないな、とも思う。

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