第476話 レンガを積む職人

「模型・・・ですか?」


翌日、急遽呼び出された2人組の技術者は、奇妙な要求をする役人、つまり俺の言葉に困惑を隠せないでいた。


「そうです。新しい技術には検証と実験が必要です。あなた方の腕を疑っているわけではありません。ただ、これは大きな予算と多くの人数が動く事業です。3連水車がどのようなものになるのか、検証と説明のための小さな施設を制作して欲しいのです」


「あまり聞かないやり方です」


猫背のエイベルが答える。

斜め後ろを振り返ると、クラウディオも頷いた。


「なぜですか。完成図を全員が共有していた方が、作業の効率や正確性も違うでしょう。それに、機械というものは実際に作って動かしてみるまでは、何が起きるかわからないものです。小さな模型で予め課題を洗い出せれば、結果的に大幅な予算の節約になるじゃないですか。実際に作る前であれば、設計の修正も可能でしょうし」


「仰ることは尤もだとは思いますが・・・」


「貴族様方は、実際に役立つモノ以外には銅貨一枚たりとも出したくない、とお考えになるのです」


エイベルが口ごもるのを、クラウディオが補足する。


「教会は?」


「教会の事情も、似たようなものです」


見えないもの、調査や計画に資金は使いたくない、か。

気持ちはわかるが、ノウハウの育成に資金を注がないと、結局は予算が余計にかかるものだが。


大人数が関わるプロジェクトでは、参加者にいかに当事者意識を持ち続けてもらうよう、特に腐心する必要がある。

今回の製粉事業についていえば、支援者(スポンサー)であるニコロ司祭には、領地から得られる利益を説いているし、クラウディオを始めとする新人官吏達には各種の管理技術と将来のための経験が得られる場として高い参加意識(コミット)を抱いてもらえている、という自負はある。

だが、その先については心もとない。


「今は計画段階ですから少人数で事業を回していますが、工事が始まれば、これまでとは比較にならない人数が従事することになると思います」


この世界の土木工事は、人手が頼りだ。土地を均すにも、排水路を掘るにも、とにかく人数が必要になる。


「それは・・・そうなると思います」


「そういった人達にも、事業の全体像を理解して欲しいのです」


「代官様・・・ですが、その、彼らは教育のない農民であったり、流れ者の集まりですよ?とても事業のことを理解できるとは思えませんが・・・」


クラウディオが、俺の先走った理屈を諌めにかかる。


実際に工事が始まると参加する人数が一桁、ひょっとすると二桁増えることが見込まれる。

参加の度合いも、農作業の合間に参加したり、日雇いとして数日参加するだけの、短期間(パートタイム)の参加者も増えてくる。


そういった入れ替わりの激しい人間たち全員に説明をすることなど不可能だ。

そう言いたいのだろう。


「だから、モノで説明するのです。言葉で伝わらないことも、模型があれば一発でわかります」


これから作るものは、こんな形になるのだ。自分は、これを作るために働いているのだ。

レンガを積む職人の話ではないが、何のために働いているのか理解してもらうための工夫は、常に求められる。


「それに、私もどんな水車工房を設計してくれるのか、楽しみにしていますよ」


水車小屋については、元の世界で観光用のものを一度見たことがある程度だが、木製の歯車やら皮のベルトなどが組み合わされた、かなり複雑な設備だった記憶がある。

この世界でも高い技術を持っているであろう教会の技術者が、どのような水車を設計するのか楽しみにしている。


模型の出来が良ければ、教会の上層部に披露しても良い。

目指す完成像が理解されれば、今後もいろいろとやりやすくなるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る