第475話 白パンが食べられる

「それで、結局どうすることにしたの?」


職人や官吏達全員が帰った後、静まりかえった事務所でサラと夕食をとるのが最近の日課だ。

昼間はサラと俺で別の場所で仕事をすることが多くなっているので、食事をしながらお互いの状況を報告するのだ。

自分とは違う視点で率直に意見を述べてくれる相手というのは、本当に貴重だ。


俺も心の弱い人間だから、気をつけていなければ周囲をイエスマンで固めるまでは行かないまでも、自分と似たような意見を持つ”優秀な”人間を集めたいという衝動に駆られないとも限らない。


今日の食事の話題は、水車についてだ。


「サラの村には、水車はあったか?」


「ぜんぜん!あたしの村は、お爺ちゃんの代にできた開拓村だもの。水車なんてあるのは、お貴族様の本拠地とか、大きな教会があるお金持ちの領地だけよ!」


水車の建設には領地内に川が流れていること以外にも、大規模な投資をするための資本(カネ)、技術者を雇用できるだけの縁故(コネ)、水車建設の許可を請ける権力(チカラ)が必要である。

いずれも、新興の開拓村に負担できる代物ではない。


今回の領地は、教会有力者のニコロ司祭の領地ということで、例外的に上記の条件が揃っているわけだ。


「それで、そのサンレン水車とかって何?水車が3つあるの?」


「そうだな。水車が3つ、同じ建物に設置されているんだ」


「はー・・・それって水車小屋って感じじゃないわね。工房みたいになるの?」


「そうだな。水車を利用した製粉工房になる、と思う」


「ふーん」


生返事をしつつも、木匙でスープを掬うサラの手は止まらない。


少しだけ、からかってみる。


「製粉工房ができると、すごいぞ?白パンが安くなる。たぶん、今の半分以下の値段で食べられる」


「ほんと!?」


反応は劇的だった。

スープを掬う手は止まり、目を輝かせて見つめてくる。

今にも飛びかかられそうな感じがして、座ったまま後ずさりしたくなる。


「あ、ああ。サラの村では、どうやって小麦を挽いてたんだ」


「えーと、四角くて長い石の容れ物があって、そこに丸い円盤に棒がついたので、ゴリゴリするの。美味しいけど、すごく大変だったみたい。でもね、祭りのときの白パンづくりはお母さんの仕事だから、楽しそうだったよ!ねえ、それより本当にパンが安くなるの!?」


「安くなるさ。いや、安くするんだ。それは約束できる」


「どうやって?」


「水車は疲れないからな。毎日、朝から夜まで、ずっと休みなく働ける。だから沢山の小麦を挽ける。たくさんあれば、安くなる。そういうものだろう?」


「でも、お貴族様が全部買い上げちゃうんじゃないの?ほら、小麦粉って高いし」


「お貴族様でも買い占められないぐらい、たくさん作るのさ。まあ、いろいろ工夫は要るが」


「ほんとに、そんな世の中が来たらいいわね・・・」


サラは、いかにも世の中のことを考えているようなことを言っているが、本当はパンのことだけを考えているのが木匙の咥え方で丸わかりだった。

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