第477話 仕事の信頼は

「模型か・・・領地も模型になっていれば議論しやすいのだがな」


一応、何度か視察には行っていたし、手元に数十年前に作成された領地の地図もある。

ただ、羊皮紙に書かれたそれは元の世界の地図と比較すれば、十分な精度とは言い難い。

畑や家屋の位置が測量時と変化しているのは、時間が経っているから仕方ないこととして、


「等高線もなければ、川の流れも違っているような・・・」


こちらも素人なので印象論になるが、この地図を元に開発計画を立てると大変なことになる予感しかしない。

測量は急いでもらうとして、全体像の専門家にまとめて説明する機会を早期に設けなければならない。


「説明が必要な専門家だが、あとはどれくらいの人達が控えているんだ?」


最近はすっかり秘書のような役割を任せているクラウディオに尋ねる。

記憶力もいいし、察する能力も高く、適度に頭が固いので諸々の雑事を任せるのに安心できるのだ。


「そうですね。まずは徴税の方法を変えますので教会側の喜捨の会計担当者、畑の区画整理をするのと作つける麦の種類を検討する農政の担当者、水車小屋の設置箇所によっては水路を掘削する可能性もありますので、水利関係の工事担当者、艀の設置と船便の開設に権利を求める水運に強い商人達、あとは工事になることを聞きつけて冒険者ギルドや、日雇い人夫を抱えているヤクザものなども、いろいろと・・・」


「なるほど」


新人官吏達が、飛び回るわけだ。

こちらに回ってくる仕事を、かなりの部分軽減してくれてはいるらしい。

だが、それ以上に様々な関係者がでてきて処理に困ってきている、というのが実情のようだ。


少し考えて、方針を決める。


「まず、会合の申込みを3種類にわけよう。第一優先は、技術の専門家だ。彼らとは早期に説明する機会をもつ。第二の優先は、工事関係者だ。技術の専門家への説明が済み次第、方針を伝える。第三、つまり教会関係者への説明は最後でいい」


「教会が最後でいいんですか?」


クラウディオが驚いて聞き返してくる。

教会は事業の支援者であり、責任者でもある。

それを後回しにする、という俺の意見が暴論に聞こえたのだろう。


「報告書は、適宜送っているんだろう?」


「送っています。ですが、足を運んで説明をしろという意見はあります」


「安心感が欲しいんだな。だが、その手の連中に方針が定まらないまま説明しても、さらに不安にさせるだけだ。専門家と議論して、工事関係者と調整をするのが優先だ。事業がきちんと動き出せば、不安で口だけを出してくる連中は黙るさ」


「その・・・それはそうでしょうが、教会の政治は・・・」


「実績だけで決まるわけではない、か?クラウディオの忠告はありがたく聞いておこう。ただ、慣れない代官などをやって、領地を預かる期間は数年間だけのつもりだ。教会で出世するつもりはない。だから目の前の仕事だけに集中したい。そうだな・・・もし不安なら、ニコロ司祭への報告を倍に増やすといい。そうすれば下の動揺を抑えてくれるはずだ」


組織には様々な人間がいるが、どこの組織にもキーとなる人間がいる。

特に官僚型の組織においては、上役の決定は下の意見を封殺する。

だから組織の下の方からコミュニケーションを取っていくと、上でひっくり返されるリスクが常にある。

逆にいえば、組織の上の方をおさえておけば下が少々何を言おうと放っておいても問題ない。


「いいか、ニコロ司祭にだけはしっかりと報告しておくんだ。こちらからも報告書は出す」


仕事の信頼感は、結局のところ仕事をこなすことでしか醸成されない。

不安を解消するための説明に労力を注いでも、それは一時的なものだ。

立場が弱い間はそれにつきあい続けなければならないわけだが。

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