第471話 世の中、ままならない
競争力の源泉とは何か。戦略とは何か。
経営の教科書には、その種のお題に対する回答は幾つもある。
代表的な言い方では「戦略とはヒト・モノ・カネの選択と集中である」ともあるし、競争力とは差別化すること、ともよく言われる。
領地の経営を考える時、与えられた農地を管理することだけを考えるのであれば、特に戦略は必要ない。
今、そこにある農地を粛々と守り、耕作していけばいい。
「失礼な言い方になりますが、なぜ代官様はこのようなことをしようと考えられたのですか」
エイベルが尋ねてくる。
「私は、元冒険者でしてね。農村に事業を興すことで若い連中が無理に冒険者にならなくても良い環境を作りたい、と思ったのです」
「冒険者!そんなまさか!いや、その失礼しました。とても元冒険者とは・・・いえ、その言われてみれば元冒険者の凄みのようなものも感じますが・・・」
「無理をしなくてもいいですよ」
エイベルが無理矢理に褒め言葉をひねり出そうとするのを、苦笑しつつ制止する。
「引退して数年になりますから。実際、最近は腹周りに贅肉がついてきていますから」
冗談を言いつつ、腹を服の上から摘んでみせる。
飯が良くなったのか、歩く距離が減ったためか、冒険者の頃よりは摘める肉の厚みが増している。
とは言え、太らないように気をつけているので、ほんの少しだけではある。
金持ちになると太るのがステータスという、この世界の美意識には染まる気はない。
「ちょっと、手を見せてくれねえか」
「いいですよ」
クレイグの求めに応じて、両の手の平を広げてみせる。
「ふうん、たしかに剣ダコの跡がある。右手のはペンダコか」
「まあ、所帯が小さいので。新人代官はいろいろと自分で動く必要がありますのでね」
重い剣を振り回さなくなり、書類を書いてばかりの日々。
言われてみれば、あれほどあった剣ダコが薄くなり、代わりにペンダコができている。
「先日、測量士の方に会って話を聞いたのですが、各地で農地開発が盛んになっているせいで、非常に多忙なそうです。あなた方も、やはり忙しいのでしょうか」
「いえ、それ程でもありません。例年と同じぐらい、でしょうか」
エイベルによれば、特に引き合いが増えているという印象はないらしい。
「これは・・・ますます製粉業を興さないとならないですね」
「どういうことですか?」
傍らで発言を記録しているクラウディオと、2人の技術者に聞こえるよう説明する。
「今、ブームになっている領地開発は、農地の拡大や整理を目的として行われているということです。つまり、麦の生産量が来年あたりから爆発的に増える可能性があります」
「それは・・・いいことですよね?」
「そうです。ただ、麦の価格は下がる可能性が高くなります。ですから、領地の統治者からすると、単純に麦のままで現金化しようとすると、収入が下がるので家臣を養うのに支障が出るかもしれません」
豊作になったから全てがうまくいく、というわけでもない。
世の中、ままならない。
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