第470話 装置産業

「つまり、10軒の水車小屋をまとめて建てる、そういうことだな?」


クレイグが確認してきた。


「そうです。艀(はしけ)で他の村から小麦を受取り、そのまま水車の動力を使用して製粉を行います。効率を考えて、密集させたいのです。できますか?」


「そりゃあ、できるかできねえかと言われれば、出来るだろうさ。そんなやり方は聞いたこともねえが」


「ありませんか」


他所で見たことも聞いたこともない、というのは気になる。

エイベルやクレイグは、おそらく他の領地でも水車建設に携わってきた経験が豊富であるに違いない。

それでも同じことが行われていないと言うからには、何かのリスクがあるのではないだろうか。


「そもそも、水車ってのは村の真ん中とか領主様の城の近くに置かれるものだろう?」


「クレイグの言っているのは、水車小屋の保全や使用権の話です。水車を使用した製粉権は大きな利権ですから、教会や領主様の目の届くところに、一族の者などから担当者を置くのです」


水車は建設にも金がかかるが、運用やメンテナンスにも金がかかる。

それに監視カメラなどのないこの時代「ちょっと水車を使わせてもらおう」という村民の誘惑に対して、きちんと費用を請求して管理していくだけの信頼できる24時間体制を構築するのは容易ではない。

だから、領主の身内から人を出す、という発想になるのだろう。

言わば、人による管理だ。


「なるほど、それは理解できます」


だが、元の世界でコンサルをし、この世界でも靴の工房を立ち上げた自分にとってみれば、人による管理、というのは企業倫理(ガバナンス)が効きにくく拡大(レバレッジ)しにくい仕組みという点で良い管理手法とは思えない。


そもそも、水車小屋の位置づけは領主の利権などではない。


俺がこれから領地に出現させようとしているのは、多数の水車を備えた製粉業という装置産業である。

共通の部品を備え、一度に大量の水車を建設することで、1基あたりのコスト低減とメンテナンス費用を劇的に下げることができる。また、水車の24時間管理が行える体制を構築することで、時間あたりの生産性も向上させられる。

管理者を共通にすることで、管理コストも下げられる。


「大規模投資による規模の利益の追求、共通規格部品によるメンテナンス費用の削減、24時間管理体制構築による時間あたり生産性の拡大、管理共通化による管理コスト削減・・・」


俺の説明を、クラウディオが急いで書きとめている。


「エイベルさん、どうですか?何か問題がありそうですか?」


構想としては誤っていないはずだが、専門家から見れば何か穴が見つかるかもしれない。


「いえいえいえ!とんでもない!なるほど、慧眼です!水車のメンテナンスは費用がかかりますが、部品の規格が同じであれば、一度に大量に生産してしまえば良いのですよね!あとはそれをきちんと保存しておけば、壊れた部品を取り替えるだけで済みます!」


「ええ。最悪の場合、別の水車から部品を取ってきても構わないわけですから」


いわゆるニコイチ整備である。あまり褒められたことではないが。


「しかしこれは・・・」


それまで興奮していたエイベルが、何かを思いついたように、急に眉を顰めた。


「どうかされましたか?」


「その・・・他所様の領地では真似のできないことですね。規模といい、構想といい・・・」


技術者として、構想の正しさは認められても、ここまで産業施策に踏み込んだ提案は自分達のような技術者にはできない、と思ったのだろう。


「そうですね。これは事業ですから、他所様には真似のできないことを手がけないと。それが競争というものでしょう?」


だから、2人組の技術者には微笑んでみせた。

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