第472話 開発の投資は報われる必要がある

「それは問題になるかもしれませんが、代官様にとってはどのような問題なのでしょう?」


クラウディオが、意図を尋ねてくる。

麦の価格が下る。貴族が困る。それが我々にとってどう関係してくるのか。

そもそも、小麦が豊作であれば価格が下がるのは、自然現象のようなものだ。

そんな状況に、個人が介入することができるのか。


「私が元冒険者であることは、お話しましたよね」


エイベルとクレイグにも聞こえるように確認する。


「私は、貴族様達の領地開発熱が今しばらく続いて欲しいと思っているのです。そのことが、冒険者達の暮らしを改善する一つの方法だからです。ですから、領地開発に取り組んだ貴族様が損をするのは困るのです」


クラウディオはともかく、2人の水車技術者には、貴族がどうとか冒険者がどうしたとか、大きすぎてぴんと来ない話のようだ。


「はあ・・・」だの「ふむ・・・」だのと困惑した声しか返ってこない。


もう一度、前提に立ち戻り、一歩ずつ説明する。


「収入が下がると、領地を治める貴族は困りますよね」


「それは、そうです」「うむ」


「土地開発のために、教会や大商人から資金調達までしている貴族様も多いと聞きます。小麦の価格が少し下がるだけでも打撃となる領地は多いはずです」


「かもしれません」「ううむ」


「そこで、小麦のままでは安くなるので、小麦粉にして販売してはどうでしょう?と持ちかけるのです。小麦そのままを売るよりも、加工した分、高く売れますから」


「ですが、小麦粉は高価格品です。大量に生産しても、購入できる者は限られるのでは」


クラウディオが、こちらの意図を確認するために質問してくる。

もちろん、2人の技術者に聞かせるためだ。


「ですから、安くするのです。川舟で運んでもらい、大量の水車を稼働させて、一定品質の小麦を安価に小麦粉へと加工します。結果として、小麦粉の価格は大幅に下がります。質の良い小麦粉であれば、購入したい者も多いでしょう」


「それは・・・しかし、他の領主の方から文句はでませんか?」


エイベルが他の貴族の横槍を懸念して質問してくる。

実際、これだけの内容を話しているというのに、その場所は街の工房の一室であるし、目の前の男は平民出の元冒険者に過ぎない。

貴族達の争いに介入するような真似をして平気なのか、という感覚を持つのは、むしろ自然なことだろう。


「一部の小麦粉を扱う方からは歓迎されないでしょう。ですが、大勢の小麦の現金化に困る領主の方々からは歓迎されるはずです。何しろ、価格の低下で減少する収入を補ってくれるわけですから」


エイベルの懸念はわかるが、この話は大勢が直接に得をする話である。

貴族達からすると、攻撃して潰すよりも一旦は事業を見守ろうという方向になると踏んでいる。

今回はきちんと背後(バック)もいることであるし。


「それに、今度の領地は教会の直轄地ですし、あのニコロ司祭様が領主ですから。私は、ただの代官です。数年間領地をお預かりして、資産を増やして次の方にお渡しするので仕事ですから」


「小麦粉の流通で、各街のギルドとの関係は問題になりませんか」


クラウディオも、確認してくる。


「そうですね。その場合は教会の方で流通させることになるのでしょう。ただ、しばらくは持ち込まれた小麦を小麦粉に製粉するだけの仕事だけをするわけですから、特に問題となることはないと思われます」


我々は他の領主の権益には踏み込まない。自分の領地で事業を運営するだけである。

そこへ、たまたま他の領地から小麦が持ち込まれる、その形を崩さない。

将来的には大規模な製粉所間で競争が激しくなり、流通もやって欲しいという話が出るのかもしれないが、今は製粉産業を興すことだけに集中するので精一杯であるし、そこまで世の中が成熟し豊かになっていれば、自分も安心して農場を買って引退できようというものだ。

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