第465話 権力の使い方
冒険者とは違った意味で、測量士も歩くことが商売のようだ。
それにしても、不思議な事がある。
「バンドルフィさんは、お若いのに優秀なんですね。測量士ともなれば、かなりの勉学が必要でしょうに」
冒険者ギルドのために報告書を書いたことが騒ぎになったように、この世界の人々の平均的な数学の素養は高くはない。
もちろん、どこかにいる学者は俺など及びもつかない天才なのだろうが、測量士のような若い実務者に測量のための数学が普及しているとなれば、この世界の教育もなかなか侮れないではないか。
「ええ、道具の扱いには、かなりの訓練が必要でしたよ!」
測量士のバンドルフィが、賞賛を受けて笑顔を浮かべる。
道具?訓練?まあ、それも必要だろうけれど・・・少し聞きたかったことの認識がズレている気がする。
「これは好奇心で伺いたいのですが、測量はどのように行われるのですか?」
「それは・・・申し訳ありませんが口外できません。一応は教会の秘儀ですので、私の判断でお教えすることはできないのです」
バンドルフィは愛想よく答えつつも、こちらの要請は否定する。
まあ、それはそうか。
知識の秘匿は、それだけで力になる。
教会にとって、正確に測量ができるという技術は、機密に近い技術なのだろう。
迂闊に「自分もできますよ」などと言わなくて良かった。
話題を戻して、今後の測量計画について打ち合わせる。
「まずは既存の畑の測量をしていただくことになりますね。なるべく正確に畑の面積・・・ええと、広さを測っていただきたい。これは最初に申し上げた公平な徴税のためです」
「なるほど。各家屋からの距離はどうしますか?」
家から近い畑は、それだけ農作業の時間を取りやすい。だから各農家は家の近くに畑を持っている。
ここまではいい。合理的な話だ。
新しく畑を拓くと、その原則が乱れる。
家から遠い畑を誰が所有するべきか。村内の様々な力関係、経済関係、血縁関係などを勘案し、作業性とは関係のない部分で畑の所有は決まり、飛び地のような小さな区画の畑が増える。
それが何代も何代も繰り返されてきた結果、モザイクのような所有権の畑ができることになる。
というか、できている。
村内の本当の公平さ、とやらを追求してきた結果、身動きできない状態になっているわけだ。
「それは考えなくとも構いません。正確に面積だけを測ってください」
この際、その種のしがらみは全てリセットする。区画を整理し、作業の能率だけを考えて畑の所有権も整理してしまう。普段の運営体制の農村なら有力者からの反対で頓挫するだろうが、今は前代官の不正に絡んで有力者がまとめて失脚している状況だ。
不満な人間には、新しい仕事も用意できる。
だから、権力に任せて外部からの騒音は全て無視する。
権力というのは、物事を進めたり、単純にするために使うものだ。
ややこしくするために使うものではない。
「大胆なことをしますね」
これまで他の領地での測量を手がける中で、いろいろなことがあったのだろう。
バンドルフィが笑みを浮かべる。
「それと、水車の設置場所ですが。最低でも5箇所。できれば10箇所まで設置できる場所を測量して欲しい。それと艀(はしけ)もです。艀、倉庫、水車。この3つの設備のための用地を測量して欲しいのです」
水車に絡む用地測量の要件を具体的に述べると、それまで専門家として余裕の笑みを浮かべていたバンドルフィの顔が、少し引きつって見えた。
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