第435話 潜入

ケンジはいつも考えをまとめながら話す時のように浅く腰掛け、軽く腕を組んで半分目を閉じながら話す。


「まず、何はともかくローラの父親の調査だな。王都にいる貴族で、この街に来た・・・か。用件がわかるといいな。名前、年齢、役職、この街に来た用件。これをローラからできる限り聞き取ってくるんだ。できるな?」


「もちろん!あたしもローラが心配だし、顔を見せに行ってくる」


そう答えて立ち上がりかけたサラを、慌ててケンジは止めた。


「待て待て。その格好で行く気か?」


ケンジに言われて、サラは自分の格好を確認する。生成りの服に皮の胸当と手甲を身につけ、腰に矢筒を差し長弓を背負った典型的な冒険者の弓兵の格好だ。


「・・・ちょっと目立つかな。背負袋は宿に置いてるんだけど・・・」


「目立つだろうな。娼館の雇い主はローラが冒険者にどんな依頼をしたのか気にするだろう」


「でも、娼館に女の人が行くと、どっちにしろ目立つじゃない?」


「そうでもないさ。おそらく柊館というところは貴族や大商人がお忍びで行くような、高級娼館なんだろう?出入りの商人や小物を売る雑貨商なんかは幾らでもいるはずさ。それと、ローラが父親を特定できるってことは、相手の貴族がローラのことを囲んでいた可能性もあるな」


「なあに?囲むって」


サラは聞いたことがない言葉だったので素直に聞いただけだったのだが、ケンジはサラの視線から逃げるように顔をそらして言いよどんだ。


「その、他の男が言い寄ったりしないように、その期間はその男だけが相手できるように一定の金額を払って自由にするんだ。そういうところの高級娼婦は、現地の妻や恋人のように振る舞うんだそうだ」


「へえ。詳しいんだ」


意図したわけではないが、何となく声が低くなるのが自分でもわかる。

ケンジは言い訳するように、焦って言葉を続けた。


「い、いや、俺も聞いただけだよ。剣牙の兵団で、その手の娼館通いに嵌っている奴がいてな」


「ふーん」


何となく気にいらない感じはしたが、ケンジの素行を追求するのは本題ではない。

ケンジも気が緩んだのか、少し意外なことを言った。


「そのローラっていう人も、その貴族様と限られた期間だけれども夫婦のような暮らしを送った時は、勘違いだろうけど幸せだったのかもしれないな」


「そうね。そうじゃなかったら、子供を産みたいとか思わないものね」


サラから見てケンジの不思議な点は幾つもあるが、一番真似ができないな、と思うのは、その想像力である。

視点を変えて、相手になったつもりで考える。その心情について考え、共感できる能力。

つい、自分の考えを押し通してしまう自分にはない能力だ。


今もまた、高給娼館の娼婦の生活について想い、共感している。

ケンジの問題を解決するための思いつく力は、怪しげな知識よりもその想像力にあるのかもしれない、とサラは思うことがある。


「そういえば、今はローラはどうやって暮らしてるんだ?子供がいるなら客はとれないだろ?娼館を追い出されたりしないのか?」


「それもそうね。どうしてるんだろう?」


急に話題が変わり、サラは目をぱちくりとさせた。

だが、言われてみれば、ローラの依頼には、いろいろと不思議な点も多い。


だが、自分はケンジとは頭のできが違う。

迷っている暇があれば、足を使って情報を稼げばいいのだ。


「俺の方はしばらく別の仕事で動けない。朝の時間に相談に乗るだけならできるが、くれぐれも慎重に、安全には気をつけてな」


「まったく、ケンジったらお母さんみたいなんだから!」


そしてケンジはいつも口数が多く、小言も多い。

ただ、それをなんとなく心地よくも感じる自分をサラは知っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ほー、これが娼館ってやつなのね・・・」


その日の午後、サラはローラがいるという西地区の柊館を目指して繁華街に来ていた。

夜は男の酔客でたいそう混むと聞いていたのだが、昼ならば人も少ないと考えたのだ。

目立つことが心配だったが、その心配は必要なかった。

午後は午後でシーツなどの寝具、樽に詰められた酒と思しき飲料や食料などがひっきりなしに荷車で往復して運び込まれ、独特の活気に満ちていたからだ。


自覚はなかったが、周囲を物珍しそうに眺めていたせいか、店の前に座り込んでいた用心棒らしき男に声をかけられてしまった。


「なんだい姉ちゃん、あんたも身売りの口かい?」


「身売りじゃないわよ!花を売りに来たの!」


サラは人から衣服を借りて、花売りに装束を変えていた。


「ふーん・・・城壁の外で採ってきたのか?けっこう危ない真似すんだな」


男は意外に教養があるのか、サラが籠に抱えている花の種類から採取地のあたりをつけたようだ。

土壌の関係か魔力のせいかわからないが、この種の花は魔物のいる城壁外でしか育たず、しかも鮮やかな紫の花をつけるので人気があるのだ。


「冒険者やってる知り合いがいるのよ」


「おいおい、そんなヤクザな奴と付き合うのはやめとけって」


意外と男は親切なのか、注意をしてきた。


「あんたに言われたかないわよ。ところで、柊館って知ってる?そこだと花を高く買ってくれるって聞いたんだけど?」


「あー、そうだなあ。あそこなら確かに城壁の外まで行って採ってきた花にも金を出すかもな。そこを真っすぐ行って右手のデカイ建物さ。こっからも見えるだろう?」


「あれね。ほんと、おっきい。ありがとおじさん!こんなところで女の子に声をかけるヤクザな仕事をしてちゃダメよ!」


サラは男に礼を言うと、言われたとおりに道を進み、ほどなく柊館の前に辿り着くことができた。


「さて、ローラさんに会いに行かないとね!」


サラは心の中だけで腕まくりをすると、花売りとして柊館に乗り込むことにした。

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