第434話 ケンジの相談
「あたしって、どうして勢いでものを言っちゃうのかしら・・・」
ローラが帰った後、サラは1人、宿の卓で頭を抱えていた。
自分に任せろ、と胸を張って約束したはいいものの、方法が全く思い浮かばない。
手紙を書くだけなら、きっとローラの方がうまく書けるだろう。
一応、自分でも練習して必要な事柄を書きとめることはできるようになってきたが、貴族風のややこしい敬語や修飾語を使いこなすことなんてできないだろう。
酔は冷ましたつもりだったが、茶の一杯ではおさまっていなかったのだろうか。
「うーん・・・困ったときは」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まあ、そんなことだろうとは思ったが・・・」
ケンジは宿の卓に座り、自分の前に差し出されたサラの赤毛のつむじを眺めながら、ぼやいていた。
「まあ、いいさ。もう少し詳し教えてくれ。聞くだけなら聞こう。できるかどうかはわからないから、まだ金は要らない」
「ほんとに!?ケンジ、あんたってほんとにいいやつね!」
サラは下げていた頭を勢い良く跳ねあげると、ローラから聞いた事情を話し始めた。
「・・・ってわけでね!許せないでしょ!その男!」
おおよその事情を説明し終わり、てっきり自分の意見に賛同してくれるとばかり思っていたサラは、顰め面をしたケンジの顔を見て戸惑いを覚えた。
「サラ、ローラの連絡先はわかるか?」
「えっと、わかるわよ。2等街区、西地区柊館のローラって言えばわかるって」
「それが娼館だっていうのは知ってるよな?」
ケンジの言葉にサラは顔を赤らめながら答えた。
「あたしだって、娼館ぐらい知ってるわよ!その・・・男の人は、ときどき行かないと困るんでしょ?ケンジも行ったことあるの?」
「ないとは言わないが・・・いや、今は俺の話はいい。まず、いくつか確かめよう。ローラの名前は本人か?その柊館とやらに行って確かめたのか?」
ケンジは話題が違う方向に行きそうな気配を感じ、急いで次の話題へと話を続けた。
「ううん、まだよ。そこって娼館なんでしょ?彼女が、ここに来たのを隠したがってたみたいだから、あたしが行ったら目立つし不自然じゃない?」
「そうか。まあ、そうだな。じゃあ次の点だ。その王都の貴族様の名前は聞いたのか?」
「そりゃあ、聞いたわよ。聞かないと教えようがないでしょ?あ、でもケンジにはまだ教えてあげないわよ。誰にも教えない、って約束したんだから」
「いや、知りたいわけじゃないが、その貴族の名前が本人か、この街に滞在していたか調べる必要はあるだろう?その伝手はあるのか?」
「・・・ない」
小さな声で、サラは否定せざるを得なかった。
元農民で、冒険者の彼女に貴族の事情を探るような伝手があるはずがない。
だからこそ、身近で最も学がありそうなケンジに話を聞きにきたのだ。
ケンジは、そんなサラに優しく言い聞かせるように話しかけた。
「サラ、お前はいいやつだ。だけどな、この案件は筋が悪い。ひょっとするとローラの父親は貴族じゃないかもしれないし、相手の貴族だって事実がわかっていて無視しているのかもしれない。そんなところに、俺達みたいな庶民が入っていっても碌なことにならないだろう?今回の件は忘れたほうがいいんじゃないか?」
ケンジにとって、ローラは会ったこともない他人に過ぎない。
下手をすれば貴族のお家騒動に発展しそうな案件にサラを関わらせる気はなかった。
だが、サラは頑なだった。
「あたしは、ローラから話を聞いたし、目を見て判ったの!ぜったい、あの人は嘘をついてない!それに父親だって、名前は知りたいに決まってるんだから!」
「そうか・・・まあ、そういうのは女同士だと分かるって言うしな」
この目をした時のサラは、梃子でも動かない、とケンジは観念した。
パーティーを組んでいた時も、サラの勘の良さに助けられたことは何度もあった。
理屈に合わない勘ではあったけれども、ケンジは理屈よりも現実を重視する派だったので、サラのそういった面での判断力には一定の信頼を置いていた。
ローラの依頼は疑えばきりがないが、ここでサラを放り出して暴走させると、却って危ないだろう。
そうケンジは判断すると、あらためてサラに向き直った。
「仕方ないな。とりあえず、絶対にこちらが危険を冒さない、という線で考えてみるか」
「そうね!さすがケンジ!あたし、頑張るから!」
サラは満面の笑みを浮かべて、拳を小さく握った。
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