第433話 子供の父親
「お貴族様の子供ぉ!?」
大声で叫んでしまったことを誤魔化すように、一転してサラは声を潜めて確かめる。
「でも、その失礼な言い方かもしれないけど、そんなことあり得るの?それに、そんな相談なら他に・・・」
と、言いかけてサラは気がついた。
街の娼婦がいったい、誰に助けを求められるというのだろう。
子供が出来たと漏らせば店の人間には「堕ろせ」と言われるか、追い出されるだけである。
一方で貴族の子供だと露見すれば娼婦を取り仕切る組織の脅迫材料に使われるだけ使われて、本人も子供も碌な目に遭わない未来しか見えない。
娼婦仲間で相談はしただろうが、世間の狭い娼婦同士のこと、同情や共感はしてくれても具体的な解決方法は浮かばなかったのだろう。
ここに相談に来るにしても、かなり必死の思いで来ているのではないだろうか。
サラは座りなおして姿勢を正すと、ローラに訊ねた。
「そもそも、ケンジの名前は誰に聞いたの?」
もしかして、ケンジが娼館に通っていてローラの客の一人だ、という話ではなかろうか。
ケンジも男だから、そのくらいは普通にあるだろうし、でもこのローラは格好や服装からしても、随分と値段の高いところで働いている人のようにも思える。それこそ、お忍びで貴族が行ってもおかしくないような場所なのかもしれないし。ただ、最近はケンジも稼いでいるみたいだから、そういったところに行くことだってあるかもしれないけど。だからといって稼げるようになったからすぐに女遊びにつぎ込むというのも少しケンジらしくないし。とはいえ、ケンジだって男だから・・・。
「・・・サラさん、サラさん!どうかしましたか?」
「え?ええと、なんだっけ?そう、ケンジの名前をどこで聞いたって話よね?」
つい色々と先走って考えこんでしまい、ローラの話を聞き逃していたようだ。
「そうです。ケンジさんのお名前は、お店に来た偉い冒険者の方から聞いたんです。何でも、物凄く知恵が働く人だとか・・・それなのに偉ぶらなくて話を聞いてくれて、きっと元は貴族とかそういう身分のある人じゃないかって・・・」
「ケンジがお貴族様?それは・・・ないん・・・じゃ、ない、かなあ?」
サラはケンジが貴族の衣装をまとっているところを想像し、それがあまりに似合わない様子だったので吹き出しそうになって打ち消した。
「あたしもケンジと冒険者のパーティーを組んでた時はあったけど、全然、貴族とかいう感じしなかったわよ」
サラは冒険者時代のことを思い出しながらローラに答えた。
たしかにケンジは多少、世事に疎いところはあった。だが、それは貴族が庶民の生活を知らないというのとは、何となく違っていたと思うのだ。
「何となく、貴族っていうよりは商人って感じの方がしっくりくるかな。でも、ただの商人のわりには変に学があるのよね」
サラから見ても、ケンジは一体何者なのか、と、最近は特に不思議に思う。
つい先日まで職に困っていた元冒険者であったのに、駆け出し冒険者の相談に乗り始めると、あっという間に忙しくなって、口先だけで、そこらの商人以上に稼ぐようになってしまった。
今では冒険者のための靴とかいうものを売りだそうと、不自由な足で走り回っている。
ただ、パーティーを組んでいた時の印象は、そこまで強いものではなかった。
腕としては、まあまあの剣士。
パーティーに必要なものを安く買ってくれて、依頼をうまくまとめてくれる便利なメンバー。
そんなところだった。
「まあいいわ。それで、どんな相談内容なの?一応、聞かせてもらっていいかしら?」
ローラはしばらく下を向いて躊躇っていたが、やがて決心したように話を切り出した。
「相手の貴族の方に、子供ができた。あなたが父親である、と知らせたいのです」
「それはさっきも聞いたけど、知らせるだけなら手紙を書けばいいじゃない?えっと、ローラは字は書ける?」
サラが一応確かめたのは、字が書ける女性が少ないことを慮ってのことだ。
サラ自身も、ケンジの仕事を手伝うのに必要なので練習を始めてはいるが、それほど流暢な方ではない。
「手紙は、何通も書いたのです。ただ、返信がまったくなくて。届いたかどうかもわからないんです」
「それは・・・気が済まない話よね」
無視されることほど、女にとってつらいことはない。それが子供の父親であればなおさらだ。
「身分違いの子供です。父親の責任を果たして欲しい、なんて口が裂けても言えません。ただ、子供が育った時に父親が誰か、ということを胸を張って教えたい。それだけなんです」
静かな口調で語るローラの様子に、サラはすっかりと同情してしまった。
そんな無責任な男、許しておくわけにはいかないじゃない!
卓を叩いて椅子から立ち上がり、胸を叩いて力強く請け負った。
「あたしに任せて!きっと、父親に子供のことを突き付けてやるんだから!」
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