第436話 門衛

柊館は高級娼館というだけあって、外壁は高く外から中が窺えない造りとなっている。

ある程度身分の高い人間に配慮してのことだろう。

立ち尽くすサラの隣を馬車が通りすぎ、門衛のチェックを受けて入っていくのが見えた。

どうやら客は目隠しされた二輪の馬車で正門から出入りするものらしかった。


(城壁内で馬車に乗るなんて・・・お金持ちしかお客さんがいないって本当なのね)


サラは考えたこともなかったが、ケンジが一度検討して、その購入費用と税金などの維持費用が高額なので諦めた、という話を聞いたことはあった。


あまり外でウロウロしているのも不審を招く。

覚悟を決めたサラは精一杯の演技をして門衛に話しかけた。


「すみません、こちらにお花を届けるように言われてきたんですけど・・・」


「あぁん?」


門衛の男は花売りの格好をしたサラを侮ってか、凄んで見せた。

普通の街娘なら体格も良く顔に傷のある門衛が脅せば怯えるものだ。

粗暴で底意地の悪い門衛は、そうして怯える町娘の様子を楽しむのだ。


だが、冒険者として怪物と対峙して暮らし、最近はケンジの後について街の一流冒険者達のものごしを見る機会の増えていたサラからすれば、街のど素人が粋がっているだけにしか見えない。

結果として全く怯えることなく、先程よりも大きな声で


「すみません!ローラさんという方に!花を!届けるように言われてきたんですけど!!」


と繰り返してみせた。


「な、なんでい、ええとローラってえと、あのローラか。届け物なら裏へ回んな」


全く怯えずに堂々としたサラの様子に門衛は毒気を抜かれた様子で、あっさりと教えてくれた。


「ありがとう、おじさん!」


「あ、ああ・・・」


おまけに、元気よく手を振るサラに小さく手を振り返してしまう始末だ。


(最近の娘ってのは、物怖じしねえなあ)


などと子供がいてもおかしくない年齢の自分を振り返りつつ、元気な花売り娘を見送った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


一方で、サラの内心は穏やかではなかった。


(び、びっくりしたーーーー。大丈夫だよね?バレてないよね?)


門衛に愛想よく手を振りつつ、不自然に足が早まらないよう、意識してゆっくりと、振り返りたくなるのを我慢して歩く。花を入れた籠を持つ手の平には汗が滲むのを感じる。


サラの計画は、最初から思うように行かなかった。

まず、柊館が初めに考えていたよりもずっと大きな建物だったことがある。

せいぜい数室あるだけの館を改装したようなもので、外から様子がわかるだろうから、ローラには窓越しに声をかけるつもりだったのだ。

ところが、来てみれば高い壁のせいで屋内の様子は見えないし、門衛がいて出入りが制限されている。

正面からは貴族が馬車を出入りしているので、花を売りに来た、と言っても通してもらえそうにない。

そこで急遽、ローラに花を届けに来た、という設定を考えだしたわけだが注文票などがあるわけでもない。

門衛に凄まれた時も、相手に疑われたからだと勘違いし、より大声を出すことで誤魔化したのだ。


(あたしの演技力も、なかなかのものね!)


門衛の追求を抜群の機転で躱した(と、思っている)サラは自身の演技力に自信を得て裏口に回り、今度こそ花を届けるとして、ローラを呼び出すのだった。

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