第427話 理屈を立てろ

火炙りの実績があるなどとは知りたくなかった。

餓死者が出ていれば別だが、まだ手をうつ時間はある。

村人も、そこまでの処罰を望んでいるわけでもなかろう。


「そこまでの必要はないかと。領地に必要なのは法と正義が村人のためにあることを示すことです。プルパン殿は村に殆ど顔を出しておらず、村に常駐して指示を受けている村人達がおりました。その者達の財産を法に基づき取り上げることから始めるのが良いかと。飢えて不満を持った村人達も、聖職者の手で村内の秩序が取り戻され、目の前に麦の袋が積みあげられれば、落ち着きましょう」


村内のプルパン親派を炙りだし、財産を供出させることでガス抜きをし、権力構造が変化したことを示そう、ということである。

おまけにプルパンに奪われた村の財産を取り戻すこともできる。一石二鳥である。


「ふむ。それを巡回裁判士の手ではなく、聖職者を派遣して行えというのだな」


「さようでございます」


裁きには権威が必要である。元冒険者の俺には権威はない。外見も大して自信はない。

商家風の格好をするたびに、いまだにサラには「なんか似合わないわね」と言われているのだ。


「なるほど。それに村の司祭も交代が必要であろうしな。派遣するのには良い機会かもしれん」


プルパンの悪行を報告してこなかった、ということで管理責任を問われ司祭も交代するらしい。

もっとも積極的に村や村民に危害を加えたわけではないから、プルパンのような目に遭うことはなさそうだ。

それでも、次の任地はもっと田舎の教会になるだろう。

村人に多少の動揺はあるかもしれないが、そこまで口を挟むことができるわけでもないし、顔も知らない司祭に義理は感じない。教会の人事は教会に任せるとする。


「新しい司祭には、そうだな。お主がやるか?」


一瞬、自分のことを指されているのかとヒヤリとしたが、よく見るとニコロ司祭の視線は隣のクラウディオに向かっていた。

助祭から司祭となれば、それは一段の出世である。同期に先んずれば、その先の出世にも影響がある。

ここでクラウディオを失うのは痛いが、それも致し方無い。

そのように諦めていたのだが、クラウディオは意外な返答をした。


「ご推薦、大変に名誉なことでございますが、今少しケンジ殿の傍で学びたく思います」


「ほう。学べておるか」


「それはもう。毎日が驚きの連続でございます。この学んだ知識、必ずや教会の発展につながると確信しております」


「ふむ。それほどに言うなら無理強いはすまい。裁判士も、こちらで適当な者を選んでおこう」


「お聞き届けいただき、ありがたく思います」


何やら俺の意見とは全く関係ないところで、物事が始まり収まったようだ。

だが安心するのはまだ早い。


「それで、恵みとは何だ?」


ニコロ司祭は気が短い。慌てて頭を切り替えて説明する。


「無論、不当に奪われた財産の村人への返還です」


「教会は喜捨を返還はせぬ。罪はプルパンにあり、それは処罰を以って償われる」


ニコロ司祭の取り付く島のない返答にヒヤリとする。

教会は罪を認めない。罪がない以上、賠償も返還もない。

その前提を忘れるな、というのである。


「今、村人は飢えております。プルパン殿の苛政の結果、村には富の偏りがあり、恨みがあり、飢えがあります。正しい裁きをすることで富の偏りと恨みは消えるでしょう。しかし、そこには飢えた民が残ります」


「かもしれんな」


「飢えた村人に施しを行うことで、教会への信仰と帰依が高まることは相違ありません。それがプルパン殿の財産からの償いであることを私どもは知っております。しかし、村人は教会からの施しであると知っていれば、それで良いのではありませんか」


「もう少し、いるな」


ニコロ司祭の奇妙な問答から、俺も事態を悟った。

ニコロ司祭も本当のところは、村人に施しをするなど勿体無い、と思っているわけではない。

おそらくはプルパンから取り上げた財産を村に施すための理屈を立てろ、と言っているのだ。

上に説明し、周囲に納得させるだけの理屈を、この場で俺にひねり出せ、と。


俺は懸命に頭を働かせた。

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