第428話 水車

財産を村に返す理屈、ひいては村人が飢えるかどうかが、この舌にかかっている。

なるべく当たり前のことを話して時間を稼ぎつつ、それでいてニコロ司祭の関心を引き続けるというアクロバットをこなさなければならない。


「こうしてはいかがでしょう?老人や子供には、当然施しが必要です。しかし大人達には優先して仕事を回すことで村の復興に貢献してもらいましょう。さすれば、それは施しであると同時に投資となります」


「ふむ。立てるものに自助と努力を促すのは悪くない」


まずは援助と投資の区別だ。弱者に施しを与え、大人には労働を提供する。

バラマキの援助は依存関係を作るだけだ、という俺の世界での常識は、ニコロ司祭のお眼鏡に叶ったらしい。

そうして時間を稼いだ時間に考えた続きの施策を話しだす。


「それに、今回のことはある種のチャンスでもあります。村の復興という名目であれば、普通は富裕な村人が反対する様々な施策が可能となります。村の測量、検地の実施、耕作区画の整理・・・人手を必要とする仕事はいくらでもあります。村人に仕事与えつつ、それらの施策を実施できれば村を発展させることも可能でありましょう」


「・・・なかなか欲張りな施策だ」


今回のことは、会社に例えると収賄で社長が更迭され、その取り巻きも一斉に排除された状態と言ってよい。一時的に村の指揮系統が存在しなくなっているのだ。そこへ教会が乗り込んで再建のために反対者がいない内に旧弊を全て廃してしまおうというのだ。

ニコロ司祭が、欲張りな施策、というのも無理はない。


「それに、村にあるという老朽化した水車の建替えの必要もあるかもしれません」


「水車、か」


「はい。水車の建造には多額の費用と高い技術が必要とされますが、製粉、揚水、鍛冶など様々な用途に使用できます。船着場を整備できれば、河川沿いの村々から製粉を事業としてを呼びこむこともできるかもしれません」


「たしかに河川沿いにそれだけの投資ができる村は少なかろう。船で運ぶことができれば運搬の費用は安くつく。他の村からすると製粉の手間賃を出しても利益が出るかもしれんな」


「はい。私は水車の早い建設は、末長く教会と領地の利益になると確信しております。現在、王国各地での盛んな開拓熱は、数年のうちに穀物の供給増となって返ってきます。そうすれば、麦を麦粥でなくパンで食べたい、という民衆の声が高まるでしょう。今よりも製粉所は、ずっと多く必要となるはずです。先んじて投資することで、領地の村は近隣に先駆けて製粉事業を興すことができます。そして、その利益をまた水車に投資する。これを繰り返すことで近隣の村々では追いつけない事業の規模と効率を達成できるはずです」


「ふうむ・・・」


「水車については、いっそ同じ規格の部品を採用しても良いかもしれません。整備が楽になります。軸受けに銅などの金属を用いることで効率もあげることも・・・」


「待て」


説明を続けようとする俺に対し、ニコロ司祭は右腕をあげて制した。

ニコロ司祭は深い縦皺の寄った眉間に人差し指をあて、眉をしかめた。

何か妙なことを口にしただろうか。


「・・・ニコロ司祭様?」


「今の施策、まだどこにも話してはいまいな?」


「まだ代官ではありませんので。調査していただけです」


ニコロ司祭の視線が俺の横に移動すると、クラウディオが答えた。


「ケンジ殿の仰ることは本当です。代官に内定後、ずっと傍らに控えておりましたが、この種の発言を聞くのは初めてです」


クラウディオが俺の発言内容について保証すると、少しの間、ニコロ司祭は考え込んでいるように見えた。

口の中で何か小声で言いながら考えをまとめているようだ。

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