第425話 署名と同意

プルパンは半分気を失っていたが、小男の方は正気だったので羊皮紙に記された調査結果であるところの、プルパンが横領し、ニコロ司祭の財産権を侵害した資産を一つ一つ読み上げていく。

正直、面倒くさくなってきたが、それが手続きというものだ。


まずプルパンが就任する前の領地の徴税額及び村民の数。

そこを基準として、プルパンが就任してから中央に納めた税と実際に村人が納めていた税の額を比較していく。

後者については、村長と教会に麦の納税記録があったので、それを麦の市場価格と合わせて実際の金額を1年1年算定する。

また、プルパンが勝手に追加していた諸々の税は小麦で徴収していた場合は上記の計算方法に倣い金銭に換算した。

さらに村人の身売りが発生していた場合は、その金額も合わせて加算する。


プルパンは村を運営するための費用を極限までケチっていたので村の周囲の防護柵、冒険者ギルドに依頼すべき駆除の件数、村内の橋の整備費用等についても、積立不足が発生していた。


おまけに村全体で管理すべき共同倉庫の麦である。追跡調査によると、他の領地の開発に投資していたらしい。


「・・・以上が、調査結果となります」


「なんとまあ・・・」


「これは・・・」


呆れたような声が聖職者達から漏れる。

プルパンが就任してから村の代官に就任してから6年間、その放漫経営と収奪してきた金額の大きさには、驚きを隠せないようだ。

ただ、その驚きの半分は俺のあげた資産リストの膨大さと執拗な調査結果に向けられたものかもしれない。

何しろ、ここまで調べあげるのには苦労したのだ。新人官吏達の労力と村人達の協力のおかげだ。


「プルパン殿、以上の調査結果に同意しますか?」


裁判官の聖職者の呼びかけに、プルパンの応えはない。

どうも半分、気を失っているように見える。

隣の小男が話を聞く振りだけをして「同意します」と代理で返事をした。


「それでは、この資産一覧に関する調査結果が正しいという署名を」


裁判官が調査結果の一覧表に署名をするよう求めた。

気を失った状態でどうするのだろう、と興味深く見ていると、廷吏が体を引き起こし、裁判官と小男が無理矢理に手にペンを持たせてサインを書かせていた。


「こわっ・・・」


思わず声が漏れる。

重要なのは手続きであって、究極的には本人の意思は関係ないということか。

近代的な裁判のような体裁をとってはいるが、いろいろと違うらしい。

一つ間違えば、意識のない状態で無理矢理署名させられている、あの姿は俺であってもおかしくなかったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「さて。プルパン殿の同意も得られたことであるし、具体的な金額も確定したと言っても良かろう。領地をどのように現状へと復帰させるべきか。ニコロ司祭には案がおありですかな?」


裁判官と原告が同じ側の席に立つ裁判など聞いたことはないが、身内の係争を仲裁するという性質からすると、そこまでおかしくはないのか。


「そうですな。幸い、プルパン殿は豊かな家産をお持ちのようですから、そちらから償っていただくのが筋、というものでしょう」


ニコロ司祭が言うように、プルパンはかなりの金持ちだ。なにしろ、1等街区に家屋敷を持っている。

もっとも、裁判の結果を受けて全ては過去形になりそうではある。

プルパンにも一族がいるだろうから、そこまで阿漕な真似はしないだろうが、損害額にかなりの上乗せをして喜捨を要求されることだろう。

教会の力があれば、取り逸れることもない。

取り立てた金が領地に投資されるのであれば、俺が代官になった時に廃村になっているということもないだろう。


ようやく、この茶番も終わりか。

ホッとして羊皮紙を鞄に片付けながら肩の力を抜いていると、裁判官とニコロ司祭の会話が聞こえた。


「それで、プルパン殿が辞退される代官については、どうされるつもりですかな?」


「そうですな。幸い、次期代官がおりますから、就任を早めてもよいのではないかと」


いやいや、待ってください。

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