第424話 庭の手入れ
「へ、平民が代官を訴えようというのか!」
カツラ代官が泡を吹いて拳を振り上げる。
「さようです。平民が代官を訴え出るなど、秩序の破壊です。前例がありません」
小男も立ち上がって言う。
「あんなことを言っているが、本当か?」
傍らのクラウディオに小声で確認する。前例がないとなると面倒くさいことになるかもしれない。
「ええと、ないわけではなりません。慣習としてはあります。ただ教会法としては記されていないかもしれません。聖職者は当然の理として迷える貧しい民の声に耳を傾けるものですから」
「なるほど」
貧しい民には現場で耳を傾けている。
一方で、貧しくない民の声には金で裏から言うことを聞くことはあっても、正面から訴えるルートはないわけか。
まあ、身分制社会というのはそういうものだろう。
慣習が建前として存在するのなら、後はこの場にいる裁判官達の心証しだいか。
一応、そういう時のための手段は用意してある。
「訴えるのは私ではありません。こちらに代理人委任状があります」
懐から丸めて封をした羊皮紙を取り出す。
「ほう。拝見しよう」
俺から代理人委任状を受け取った裁判官は驚いて後ろを振り返る。
「これは・・・この署名は本物かね」
「はい。もしもお疑いであれば、すぐに確認されると良いかと思います」
「・・・ということであるが、この代理人委任状は本物かね、ニコロ司祭?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は未だ代官になっているわけではない。
だから、身分は平民のままである。
平民の次期代官と現役の代官の意見が違った場合、どうしても後者の社会的地位の方が高く、それ故に判決も後者に傾くのは仕方がないことだ。
なので、その構図を変えたのだ。
ニコロ司祭の委任を受けることで、カツラ代官が侵害したのは、将来の俺の財産ではなく、代官として預かっているニコロ司祭の財産であるという図式になる。
そもそも代官の仕事は、まず預かった資産を保護すること。次に資産を増やすことである。
その仕事に、明確に背任しているわけである。
「そうですな。そろそろ荒れた庭園も手入れする時期が来たようですな」
ニコロ司祭の静かな返答に、それまで激昂して頭部まで赤くなっていたプルパンは、あっという間に真っ青になった。あんなに血圧が上がったり下がったりしては、体に悪いのではなかろうか。
もっとも、ニコロ司祭の言うように「手入れ」されてしまえば、健康を気にする必要もないところへ行くことになるだろうから、余計なお節介かもしれない。
「何しろ最近はいろいろと忙しすぎてな。目の行き届かないことであったよ。そうであろう?プルパン」
「そ・・・そのようなことは・・・」
穏やかに話しかけるニコロ司祭の表情とは対象的に、プルパンは視線を合わせられずに下を向いていたが、懸命に口を開いた。
「む・・・村人の件は次期代官であるケンジ殿にお任せしようと思います」
「同意します。ご安心ください。こちらで引き受けましょう」
せっかくの申し出なので、しっかりと頷いて了承する。
「そ・・・それでは・・・私はこれで・・・」
それだけ言い捨てて、プルパンはいそいそと立ち去ろうとしたが、裁判長の合図で廷吏に阻止される。
「どこへ行かれるプルパン殿」
「わ・・・わたしは・・・」
力なく元の席に戻ったプルパンを力づけるため、笑顔で声をかけてやる。
「プルパン殿。途中で退席されては困ります。教会の侵害された資産の目録作成には苦労したのです。これより、一つ一つ読み上げていきますので、きちんと数量と金額を確認していただかないと」
クラウディオが用意した鞄から羊皮紙の束を取り出して見せてやると、プルパンは完全に白目を剥いた。
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