第408話 職人としてのキャリア

職人の不満はよくわかる。子供に給与を払い、職人を軽んじていると思ったのだろう。

もちろん職人には、もっと良い給与を払っているが、会社(うち)の方針を知ってもらうためには誤解したままでも構わないので、説明を続ける。


「自分は、元冒険者だ。あそこの女性は工房の管理を担当しているが、彼女も元冒険者だ。この工房は冒険者の暮らしを良くするために、その道具となる靴を作るために設立した。だから、この工房では冒険者のための靴を作っている。だが、同時にこの工房で働く人達の暮らしも良くしたいと考えている。だから全員に賃金を払う。

評価の指標は、靴作りのためにどれだけ貢献したか、だけだ。職人の作業を手伝う子供も、靴の作業を行う職人も立場は一緒だ」


「もし俺がここで働くとしたら、やっぱり子どもと同じように働かないとダメなのか」


職人から、質問がでる。技術のある自分が、子どもと同じように下働きから始めないといけないのか。

その懸念はわかるので、おおまかな職人のキャリアについて説明をする。


「この工房では、最初に職人は見習いから始める。各作業を担当してみて、適正を見る。それから1つ目の担当作業を決める。しばらくは補助として。後で独立して作業できる担当として。そこで一定以上の速度で作業をこなせるようになった後は、2つ目の作業を担当してもらう。それも補助として始める。ここで正式に働くには、最低でも2つは担当作業をできるようになってもらいたい」


ここから先の説明が少し難しいので、理解度を確認しながらゆっくりと話す。


「気にしているのは、その先だろう。会社(うち)でキャリアを上げる方法は2つある。1つは、靴製造の作業で、難しい作業をできるだけの技術力をつけることだ。技術的に難しい作業、多くの作業を身に付ければ職人として将来が開ける。もう1つは、管理者として各作業の進捗を管理できるようになることだ。この工房では20以上の工程を経て靴が作られる。各作業について素材が足りているか、担当者が出勤しているか、中間在庫が過剰になっていないか。その調整を担当する仕事だ」


「そ、その管理者ってのは聞いたことはねえが・・・」


当然の疑問だと思う。何しろ、小さな靴工房には不要の職種だからだ。

そして、工場の拡大のためにもっとも不足している職種でもある。


「そうだな。さきほどの城壁を築く工事に例えるなら、工事現場の監督だ。靴を作る監督を務められるようになれば、職人としての賃金が上がる。そういえばわかるか?つまり、この工房で働けば、小さな親方になってもらうこともできる。下には20人以上の職人を抱える親方だ」


「それは、俺達みたいな他所から入った職人でもなれるものなのか?」


「なれる可能性はある。もちろん、割り当てられた仕事ができるようになってからだが」


「枢機卿様の靴は作れるようになるのか?」


「そうだな。大事なことを説明するのを忘れていた。枢機卿様の靴も、冒険者向けの靴と殆ど同じ作り方をしている。だから、会社(うち)に専門の担当というものはいない」


「そ、そうなのか・・・」


職人達の中には、枢機卿の靴が熟練した職人1人の手によるものではないと知って、大きく肩を落とすものもいた。

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