第407話 なんのための技術か
「ざっと工房を見てもらったが、どうだった?」
転職志願者の職人達に感想を聞こうと問いかけると、彼らはしばらく黙っていたが1人の職人が幾度か躊躇した後で、口を開いた。
「俺は学がないから、何を言っていいのかわからんのですが、ここがとんでもない工房だってことはよくわかりました。でっかいし、早いし、正確で、工房っていうより、城壁を工事してるときの様子を思い出しました。全員でレンガを受渡して積んでいるような・・・」
たしかに、靴の製造工程を見れば、靴の材料を受け渡していく様子が工事のように見えるのかもしれない。
なかなかうまい例えだ。
「正直なところ、俺は自分の技術に自信がありました。どこの工房に行っても、機会と材料さえあれば、どんな貴族向けの靴だって作れる技術があるつもりでした。でも、自信がなくなりました。だって、この方法が広まったら俺達みたいな普通の職人はいらなくなるんじゃないですか?」
衝撃を受けて打ちひしがれている職人もいる。
「そうだな。この工房では、これまでとは全く違った作り方をしている。それでも会社(うち)に来たいという気持ちはあるかな?」
「まだ、俺達を雇う気があるんですか?」
俺が転職の意思を問うと、職人達はお互いに顔を見合わせた。
「見ての通り、工房はまだまだ拡大中だ。冒険者向けの靴は、もっと増産しなければならない。経験を積んだ職人は、幾らでも歓迎するさ。ただ、いくつか考え方は改めてもらわなければならない」
注意については、当然だろうという言葉で職人達は頷いた。
「まずは聞きたい。最初に会った時、高い技術を身につけたい、高級品を作りたい、そう言ったね。なぜ、高い技術を身につけ、高級品を作りたいと思ったのか。その理由を教えてほしい」
なぜ技術を身に着けたいのか。それは、職人であれば当然の前提で。
理由を聞かれるとは思わなかったらしい。
「なぜって・・・技術を身に着けたいと思うのは職人なら当然じゃないですか」
「いいものを作るのが、職人だからです」
「いいものを作れば評価されて、いい暮らしができるからです」
1人だけ、興味深い答えを返してきた職人がいた。
「そう。いいものを作れば、いい暮らしができる」
答えた後で「トマ!」と、工房を走り回っていた少年を呼ぶ。
すると「はい、小団長!」と元気よく返事をし、パタパタと走り寄ってきた。
幾つか、職人達に聞こえるように質問する。
「トマ、今朝は何を食った?」
「はい、ええと、芋と麦と肉のスープです」
「家には妹と弟がいたな。飯はどうしてるんだ?」
「はい、ここの残り物を持って帰って食べさせています。・・・あのう、いけませんでしたか?」
「まさか!もちろんいいとも。それで、毎日の賃金はちゃんと貯金しているか?」
「はい!・・・ちょっとたまに、買い食いしていますけど」
「ありがとう、仕事に戻っていい」
「失礼します」と断ってから仕事に戻る少年から職人達に視線を戻すと、彼らは鳩が豆鉄砲をくらったように口を開けていた。
「その・・・あれは徒弟ですよね。飯を食わせてやるだけでなくて、家族の飯もやって、賃金も毎日払ってるんですか?」
1人の職人が驚いて言った。
「そうだ。タダ働きは、するのもさせるのも嫌いだからな。不思議か?」
もう1人が言う。
「正直なところ、そうです。だって、あの子供は職人としては全く技術がないわけですよね」
「ああ。だが、役立っている」
「あの走り回るのが?」
「そうだ」
俺が頷くと、ある者は不思議そうな、ある者は不満そうな表情を浮かべた。
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