第409話 危機管理の対応
質問がなくなったところで、職人達には、一度帰ってもらうことにした。
彼らにも、俺が投げかけた情報を整理し、咀嚼するだけの時間が必要だろう。
今の工房との兼ね合いもあるだろうから酒場で相談というわけにもいかないであろうし、家族との相談もあるだろう。
頭を下げて出て行く職人達を見送りつつ、1人でも来てくれれば儲けものだな、と胸算用していると手伝いの少年が「あっ」と言って職人を追いかけていく。何か忘れ物でも見つけたのだろうか。
ところが、声をかけられた職人の1人は立ち止まらず、逆に早足に出ていこうとする。
声が聞こえなかったのだろうか。「ちょっと!」と声を大きくして少年が追いすがる。
にも関わらず、職人は足を早めて工房を出ていこうとする。
「おい、そいつを止めろ!」
と俺が声をあげると同時に、出口のところで件の職人は派手な音を立てて転んだ。
見れば、護衛のキリクが職人に鞘を引っ掛けて、押さえ込んでいる。
「小団長、靴の道具が1つなくなってます!」
と少年が言う。
職人の懐をゴソゴソと探っていたキリクが、複雑な形状で刃のついた鉄の棒を取り出す。
「そいつは、これかい?」
それは、紛れも無く会社(うち)の治具だった。
なんてバカな奴だ。
俺が工場の中まで親切に説明したものだから、管理が甘いとでも思ったのか。
「で、こいつはうちの秘密を探って、おまけに道具を盗もうとした泥棒ってことで。小団長、どうしますか?」
キリクに押さえつけられた職人が「ち、ちがう、助けてくれ!」と弱々しく呻いている。
現行犯で違うも何もないものだが、必死なのだろう。
普通、街中での盗みは片腕を切り落とされる。温情ある判決でも、指を切り落とされる。
悪いのは指だ、本人ではない、という理屈だ。だが、それをされれば、靴職人としての将来は絶望だ。
市民権のない乞食が自棄になった末の盗みとは違う。
立派に技術を身につけた職人が、なぜこんなことをしたのか。
「バカな奴だ。なぜ、こんなことをした?」
「お、俺はちがう・・・あの小僧が勝手に」
必死に訴えてくるが、聞く気はない。
俺がキリクに目で合図すると、どこに力が入ったものか盗人の悲鳴が大きくなる。
「もう一度聞くぞ。なぜ、こんなことをしたんだ」
すると、あっさり白状した。
「お、親方に調べてこいって言われたんで・・・」
そんなことだろうとは思った。
「だが、靴の秘密は教えてやったじゃないか。お前のところの親方じゃ同じやり方はできないかもしれないが、それはそれだ。なのに、なぜ盗みを働いたんだ」
「あの道具が、あんまりよくできていたんで・・・」
「・・・おまけに、道具が沢山あったから盗んでもわからないと思ったか?あの子供はな、職人達が道具を使いやすいように毎日並べてるんだ。あるべき場所になければ、誰もがすぐに気がつくようになっている」
トマ少年を褒めつつ、サラを呼んで指示をする。
「お手柄だぞ、トマ。サラ、悪いがトマをちょっと母親のところまで連れて行ってやってくれ」
サラはトマ少年に小遣いと菓子を与えて、母親のところまで手を引いていく。
褒められた上に頭を撫でられた少年は、上気してサラを見ている。
微笑ましい光景だ。
それから、視線を足元で呻いている男に戻す。
ここから先は冷たくて残酷な大人の話だ。
子供には聞かせたくない。
会社(うち)の背後には剣牙の兵団がいる。
おまけに、会社(うち)の職人達も大勢現場を見ている。
だから、この男の罪を見逃すわけにはいかないのだ。
本人の自白があるので、本人と相手の工房の親方にはキッチリと責任をとらせなければならない。
この世界で責任を取らせるとは、命か財産、あるいは双方を無くすことだ。
本当にバカな奴だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます