第二十五章 靴事業を拡大して冒険者を支援します
第398話 靴事業拡大の余波
教育機関も終わり、新人官吏達による領地開発計画はスタートした。
いろいろと口出ししたいことはあるが、基本的には報告待ちである。
それに計画実行状況は、壁に掛けられた木札が、どの程度ひっくり返されているかで共有できる。
いつまでも床に木の板を並べているのも不格好だったので、印刷機の改良に奮闘しているゴルゴゴに「なんとかしてくれ」と頼んだところ、大きな木のボードに等間隔で釘がビッシリと打ち込まれたものと、サイズを合わせた小さめの木の板を、数日で山程作ってくれたのだ。
要するに、壁掛けのタスク管理表である。
尤も、ゴルゴゴが削りだしてくれた壁掛け用の板は、床に並べていた元の木の板よりもサイズが大分小さかったので、新人官吏達はうめき声を上げながら仕事内容を書き写すことになったのだが。
その際、こちらで指示して仕事には管理番号を書くようにしてもらった。
番号が振ってあると、転記したり書類にまとめる上で、後々まで便利になる。
通し番号の体系の考え方について説明した時も、聖職者達は何か驚いていたが似たようなことは教会でもしているはずだとは思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
領地開発計画の初期段階は手離れをしたので、本業の靴事業に心を砕く余裕が、ようやく出てきた。
現在、靴は大きく分けて2種類の靴を作っている。
1つ目は冒険者向けの靴事業。2つ目は聖職者、貴族向けの靴事業である。
2つめの聖職者、貴族向けの靴事業については、実は、こちらでできることはあまりない。
高級品市場なので、ビジネスに関する体制を作り上げた今は、注文を受けて作る。それだけである。
販売窓口も教会とアンヌに任せているので、そちらで販売数をコントロールして高価格を維持する方針を取っているらしい。元々は、冒険者向けの靴の簡易版として農民でも履ける靴を目指したのに、皮肉なものである。
一方で、冒険者向けの靴は、守護の靴として製造を続けているが、品薄状態を解消できていない。
そんな状態なので、価格についても中級冒険者でようやく手が届く程度の価格より下げられていない。
この状態を何とかしたい。
具体的には、今の10倍は靴を作り、価格をどんどん下げてしまいたい。
サラの言い草ではないが、パンを作るように靴を作りたいのだ。
「まあ、工房も拡大しておるし、今の倍までは可能じゃがな」
とゴルゴゴは言う。実際、ゴルゴゴの工房の隣家の買収は滞り無く進んでいた。
土地買収にあまり手間取るようだと、最悪の場合は移転も考えていただけに、有り難いことだ。
「職人の数については、どうなんだ」
建物ばかり大きくしても、職人の育成が進まなければ製品の歩留まりが悪くなるだけである。
利益が多少削られたところで、それは一種の教育投資であるから何でもないが、不良品が世に出るのは困る。
冒険者向けの靴ということは、命がかかった場面で使われるということだ。
怪物の攻撃を受け止めた時に、靴底が外れ滑ったりしたら、死んでも死に切れないだろう。
「そろそろ、馴染みの靴工房から人員を調達するのは難しいかもしれんのう」
とゴルゴゴは、この街での靴職人の募集の先行きには懸念を示す。
これまでは靴工房で独立できそうもない若手や兄弟などの、余った人間を雇い入れてきたのだが限界が来ている、ということだ。
確かに、今でも会社では30人近い靴職人を抱えているし、早朝の手伝いに来る職人の家族を含めると50人近い大所帯となっている。
この街の靴工房の中心である家族経営の靴工房は1人から3人程度の職人しか抱えていないことと比較すると、人数だけで10倍以上の差がある。
ところが、実際に差があるのは規模だけではない。熟練度、効率性、生産性についても大きな差がある。
会社では、靴の製造は高度に分業化、専門化されているため職人は20以上の工程のうち、2つ程度を担当することが求められている。おまけに作っている靴は多少のサイズは違っても、ほとんど同種の靴を作り続けているのである。効率が上がらないはずがない。
おまけに現代靴の技術を取り入れられて作られた靴は、機能性、快適性、堅牢さに於いて比類ない性能を示し、工場制手工業で生産された靴は、生産性についても大きな差がある。
一言で言えば、客層こそ現時点では重なっていないものの、これ以上に靴の低価格化を図ると、既存の靴工房を一掃する結果になりかねない、というとだ。
先送りしてきた、街の靴ギルドとの対決。
その解決が求められていた。
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