第399話 時代の変化
街の靴ギルドと対決するといっても、3等街区のギルドにそれほどの力があるわけではない。
というより、俺達には全く手が出せないでいるはずだ。
材料の発注嫌がらせしようにも、むしろ革通りという最上流を押さえているのは俺達の方だし、販売で嫌がらせを図ったとしても冒険者ギルドと外の街の流通を押さえているのは俺達である。
最後の手段として腕力へ訴えようにも、剣牙の兵団の護衛がいる。逆に、教会に通じて代官という社会的身分もある俺達に対して騒乱を起こせば処分されるのは相手の方である。
会社と靴ギルドでは、完全に力関係としてこちらが上だと言ってもいい。
どんな方針に出ようとも、相手はこちらを制することはできない。
だから、友好的に接しようと思う。
「ほう。わしゃてっきり、全部潰して土地を買って職人を雇おうとするのかと思っとった」
と、ゴルゴゴが珍しく冗談を言った。
「まさか。そんな手段で職人を手に入れたとして、まともに働いてもらえないでしょう?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会社の職人達から情報を収集し、話を聞いてくれそうな6人程の親方を呼んで説明会を開催することにした。
場所は、先日まで新人官吏達が研修をしていた一画である。
彼らが出かけていたので、使わせてもらうことにしたのだ。
壁の一部が黒板のようになっていて、説明をするのに使いやすい。
椅子と机も人数分、揃っている。
招かれた3等街区の親方たちは、革通りの中に入ってくることがあまりなかったようで、会社の規模と大勢が働く様子に肝を潰された様子を見せた。
今は、案内されるまま大人しく椅子に座り、工房の方をじっと見ている。
人数が揃ったところで、登壇し挨拶をすると、ぎこちなく挨拶を返された。
こういった雰囲気も初めてなのだろう、無理も無い。
「それで、いったい何の話なんだ」
座っていた親方の1人が、低い声で言う。
「店を売れという話なのか。これでも4代は続いた店なんだ。脅されても、簡単に手放したりしないぞ!」
ともう1人の親方も続いて気勢をあげる。
しばらく、親方達が喋るのに任せて黙って待った。
こちらがジッと無言で待っている様子が不気味だったのか、だんだんと親方達の声のトーンが下がっていく。
そうして俺が右手をあげると、親方達は完全に黙りこんだ。
「みなさん、何を勘違いされているのかわかりませんが、私は皆さんにとって良いビジネスとなるお話をするつもりです」
言い方が胡散臭かったせいだろうか。
精一杯、友好的に振る舞ったはずだが、親方達の目から警戒の色が消えることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうだろう。乗ってくると思うか?」
親方達を見送った後で、ゴルゴゴに聞いてみる。
サラがいないので、工場のことはゴルゴゴに必然的に相談する形になる。
それに、親方の気持ちは親方であったゴルゴゴの方がわかるだろう。
「普通の職人なら、乗ってこんだろうな」
「ダメか」
「だが、この工房で話をしたのは良かったと思うがの。奴らの顔色を見たか」
「工場の様子を見て、驚いていたように見えたな」
「そうだのう。驚いたというか、あれは度肝を抜かれておったよ。わしらのような職人は、靴を作ることが本業じゃ。世の中がどうなろうと、靴さえ作っておればなんとかなる、と思っておる。だが、この工房の様子を見た後では、それでは生きていけん時代が来る、と嫌でも思い知ったろう」
そのあたりは、ある程度は狙った効果ではある。
コンサルでも視覚に訴えるのは、非常に重要な技術だ。
言葉ではどれだけ説得しても伝わらないことが、見ることで一瞬で理解できることもある。
親方達も、この街に起きる変化を感じ取ってくれるといいのだが。
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