第397話 リーダーシップ
そうして新人官吏達の計画の発表が終わる。
こちらからかけるべき言葉は多くない。
「よくやった。ここ数日、君達の努力と進歩は特筆すべきものだった。正直なところ、驚いている」
まずは全面的に褒める。実際、驚くほどの進歩は見せているのだ。
だが、計画が良くできていればいるほど、ある種の陥穽に落ちることがある。それだけは注意する必要がある。
「だが、計画は計画に過ぎない。また、調査を進めると計画の変更を余儀なくされることも多いだろう。その際、君達には計画を守ってほしくない。事実と計画が乖離しているなら、事実のほうが正しく、計画が間違っているのだ。
計画は現実に合わせて常に修正されなければならない」
計画は美しいが、現実は美しくない。であれば、計画を現実に合わせなければならないのだ。
床に並べられた板切れを指して声をかける。
「この板切れの並びは、君達の努力と知的活動の成果であると共に、現在の状態を表す記号に過ぎない。であるから、現在の計画をメモすることは許可するが、正式な報告書として清書することは禁じる。躊躇することなく、どんどんと書き換えて欲しい。
今後、私から君達に望むことは、自分の頭で考え、周囲に相談し、計画を立てて進めていく技能を身に付けることだ。具体的には、まず、私をうまく使って欲しい」
領主が自分を使えというのは、前代未聞のことだろう。
新人官吏達が戸惑いを見せているので、具体的にどう使うのか、例をあげる。
「もちろん、領主は私だ。方針も私が立てた。だが、どのように領地開発を進めていくのか、という点においては私よりも君達のほうが時間をかけて検討している。であるから、私に指示して欲しい。誰に会って、どんな交渉をして欲しいのか。どれだけの予算が必要で、いくら欲しいのか。どんな人材が欲しくて、いつまでに調達して欲しいのか。私は君達の上司ではあるが、領地を開発するチームにおいて、1つの機能に過ぎない。各員には自覚を持って、今後も進めてもらいたい」
そうして、演説を締める。
「さて。私は何をしたらいいのかな?」
自分が、これだけ引いた形で新人官吏達のリーダーシップを育成しようとしているのには理由がある。
それは、靴事業における失敗を繰り返さないためだ。
靴事業を立ち上げるにあたっては、どうしても俺のワンマン体制である必要があった。
事業のリスクが高すぎ、将来ビジョンが自分にしか見えなかったからだ。
技術開発、資金調達、体制決定、生産プロセス策定、納品検査、営業ルート開拓は人の手を借りつつも、基本的に全て自分の手を動かした。結果として、靴事業を任せられる人材は未だ育っていない。
営業についてはアンヌ、通常の生産についてはサラに任せられるようになっているが、事業から手を引けるのはまだまだ先のことになりそうだ。
まあ、靴事業については一生の仕事にしようと思っているので、それでもいい。
だが、領地開発の代官については、そうするわけにはいかない。
代官は時限的な取り組みであるし、そもそも領地開発で得たノウハウは教会を通じて王国中か、それ以上の地域に広めることが期待されている。
もし自分が、ノウハウを誰にも伝えることができなければ、苦労するのは自分である。
代官兼領地開発コンサルタントとして、一生を領地開発で連れ回されることになるだろう。
そういう生き方が好きな人もいるだろうが、自分の好みではない。
そういった面倒な仕事は、面倒が好きな人間に仕事のやり方を伝えて、代わりにやってもらうのだ。
「代官様に指示をするなんて、とんでもない!」
とシオンから慄いた声があがるが、そういう態度では困るのだ。
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